(22)王妃の牽制「あの子はエルドラード王妃になるの」
( 22 )
王族は動揺している姿を誰にも見せない。放っておけ。
そう冷たく言うのは、大公としての自分だ。
傷ついた女の子を一人にするのか。と歯向かうのはただのマクシムである。
葛藤を抱えたままマクシムは走り、王妹を見つけた。彼女は噴水の縁に顔を伏せていた。その細い肩が震えているのに気づき、マクシムの胸がざわついた。
マクシムの声で顔を上げた少女の頬は濡れ、花色の唇には血が滲んで、痛々しかった。
やはり、貸本屋で出会った少女である。
マクシムがミモザを見上げている間に、彼女は泣き顔を取り繕って平静さを取り戻した。
ぽつりぽつりと会話を続けていくうちに、王妹は緊張を解いていった。
「俺と踊っていただけませんか?」
何とか笑ってほしくて、心をやわらげてあげたくて、踊りを申し込んだ。怪我を負ってから一度も踊っていないくせに。身体が覚えていたのは幸いだった。。
音楽が進むにつれて、王妹は小さな笑みも浮かべてくれるようになった。
踊ることが楽しいと素直に伝えてくる様子が愛らしかった。そのうち軽口めいたことも交わせるようになって、嬉しく思った。
こんなに可愛い妹がいたら、きっと毎日が気が気でないだろう。そう思ったままを伝えると、真っ赤になってはにかんだ。もう、宮殿に戻っても大丈夫だろうと思った。
また会えると約束し、別れたあと。マクシムは一度だけ振り返った。
細い背中に、先ほどのエルドラード王の眼差しが重なり、ざらりと嫌な感覚を覚える。
あの男の元に行ったら、彼女は二度と笑えないだろう。
小鳥を片羽をちぎって愉しむような歪みを持つ男だ。そんな男に、嫁ぐなんて考えたくもない。
いっそ――、
(……俺、何を考えているんだ)
マクシムは大広間に帰ると、無言で三鞭酒を煽った。全く酔えなかった。
談話室で再会した時、エレーヌは溢れんばかりに目を丸くしていた。マクシムはくすぐったい気持ちになった。
半泣きになりながら必死で珈琲を飲もうとする姿はいじらしく、黄李のジャムパイを食べて顔を綻ばせる様子は愛らしかった。エレーヌのほどけるような笑みは、マクシムの心を温めてくれた。
(妹ってこんな感じなんだろうな)
マクシムはほのぼのとエレーヌを見つめていたのだが、姉は違うように見えたらしい。
大学の入学試験を全て終わらせた後、王妃の居間で茶を飲む機会があった。日当たりの良い窓辺では、姪がぬいぐるみ相手にままごとをしていた。
その様子を見守りながら、王妃がぽつんと言った。姉には珍しく、神妙な声色だった。
「エレーヌを困らせないでね」
しばらく間を置いてから、マクシムは噴き出した。
「姉上、なんの心配をしているんです」
十八歳が十二歳にやましい感情を抱くわけがない。
自分は末っ子で、弟妹に憧れがある。姉は勘違いをしているのだ。
マクシムがそのような内容を返すと、王妃は睫毛をふせ、ティーカップに口をつけた。
「あの子はエルドラード王妃になるの」
「……知っていますよ」
マクシムは腸が煮えくりかえるような感覚を、静かに微笑むことで隠した。王妃は納得できないようで、結婚指輪に嵌ったダイヤモンドをなぞりながら話し続ける。
「陛下はあなたが宮殿に住まないと聞いて落胆なさったけれど、わたくしは安堵したわ。過ちが起こってからでは遅いもの」
「姉上、心配のしすぎですよ」
王妃の心配が生々しすぎて、マクシムは眉根を寄せた。十二歳の女の子に色めいた感情を抱くなんてありえない。それでは、エルドラード王と同類ではないか。
「俺は誰とも結婚しないし、恋なんて持っての他だ」
と返すと、王妃はしたり顔で鼻を鳴らした。
「あら、エレーヌはどんどん美しくなるわ。年頃になってごらんなさい。わたくしの牽制に感謝する日が必ず来るわよ」
焚き付けてるのか、牽制したいのかどちらなんだ。やはりファラル語は難解だとマクシムは頭を抱えた。




