(2)王妹エリザベート「そうよ。お姉さまは、エルドラードの王妃になるの」
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「エレーヌ、お帰りなさい」
フェミニンな声に顔を上げると、踊り場に義姉が立っていた。その足元では小さな姪が「なちゃい!」と母親の口調を真似る。エレーヌは頬を緩めた。
「ただいま戻りました。お義姉さま、リアーヌ」
「陛下はムードンの離宮に泊まってくるそうよ」
「恐れながら、エルドラード王もお戻りにならないということでよろしいでしょうか?」
と確認したのは、乳姉妹のマノンだ。エレーヌは慌ててマノンの袖を引っ張ったが、彼女の腕は強張ったままびくともしない。
「ええ。そうよ。……何かあって?」
義姉が発言を促すと、マノンは決然と顔を上げた。
「あの方は聖王猊下のお許しを待たず、王妹殿下のお部屋に訪れようとされました」
「でも、エルドラード大使が止めてくれたから」
「当たり前です! 姫さまは、まだ十二歳なのですよ」
エレーヌが取りなそうとしても、火に油だった。マノンはますます眦を釣り上げる。
「お兄さまが、ムードンでエルドラード王ときちんと話してくださってるわ。大丈夫」
「姫さま……」
「あの方は、いずれわたしの夫になる。……結婚してしまえば、慣れるはずよ。きっと」
半ば自分に言い聞かせて、エレーヌは淡く微笑んだ。固く握りしめた手に、姪の小さな手が触れる。
「けっこん?」
「そうよ。お姉さまは、エルドラードの王妃になるの」
エレーヌはなるべく朗らかに聞こえるよう教えた。姪は瞳を輝かせてエレーヌを見上げている。エレーヌは姪を抱き上げて、やわらかな温もりにほおずりをした。