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(14)じゃがいものクネル「お嬢さん、もうすぐ十五でしょ? で、おにーさんは二十歳だっけ?」

(14)


 シェルファ僧院の厨房では、十代の少女たちが楽しげに料理をしていた。


「もうすぐ貴族からも税金を取るようにするんだってさ。あったりまえだよねえ」


 と話し出したのは、恰幅の良い赤毛の少女だ。固くなった古いパンを潰す手つきには迷いがない。


「胸がすかっとするよね。平民の税金だけで国を回せるわけがないんだから」


 と、そばかすの少女が豪快にじゃがいもをすり潰しながら答える。すまし顔の彼女に、赤毛の少女がにやっと笑う。


「後半はあんたの旦那の受けいりだろ?」

「いいじゃない。新婚なんだから」

「独身には目の毒だよ。ねえお嬢さん」


 赤毛の少女は、ひたすら生地をこねるエレーヌに話を振った。


「えっ?」

「ニコル、ばかね。お嬢さんにはじゃがいものおにーさんがいるのよ。ねえ、二人はいつ結婚するの? あたし、色々と教えてあげる」

「セシル、あんた何を教えるつもりなのさ」

「あんたとセルジュが夢中になってるコトさ」

「はあっ!? あいつ、口を縫い付けてやんなきゃ」


 真っ赤になったニコルは、同時に二つのパンを潰してしまう。対するセシルも本日二十個目のじゃがいもを鮮やかに潰し終える。エレーヌがその手際の良さに圧倒されていると、

「で、どうなの?」

 と二人同時に尋ねられる。エレーヌは目を泳がせた。


「あの、わたしたちは恋人ではないの」

「はあっ? うそでしょ?!」

「生まれた時から許嫁ってやつじゃないの? ポムドテールじゃみんなそう思ってるよ」


 いつの間にそんな話が広がっていたのだろう。エレーヌは慌てて頭を横に振る。


「とんでもないわ。わたしの兄と、マクシムさまのお姉さまが夫婦だから……それだけ」

「とてもそうは見えないけどなぁ」

「お嬢さん、もうすぐ十五でしょ? で、おにーさんは二十歳だっけ?」

「え、ええ」

「思い出すなあ。あたしも十五になるまでは女扱いしてもらえなくてさあ」

「そりゃそうだよ。セシルの旦那、八歳も上じゃん」


 話が脱線したので、エレーヌは丸く成形した生地を銀盆(サルヴァ)に並べてそそくさと外に出た。

 無意識に浮かび上がる黒髪の青年の面影をふるふると散らして、深呼吸をする。


(お兄さまの改革を、好意的に受け止めている人もいる)


 二年前、エレーヌは北部の流民の救済を兄に求めた。

 兄はきちんとエレーヌの声を聞き届け、流民の保護と北部への帰還のための案を次々に出した。しかし財政難の壁にぶつかり、事態の改善には至らない。流民たちの不満や反政府の声は大きくなるばかりであった。

 そして今年、ファンデール国王は特権階級への課税を命じた。この王命は、今まで課税を免れてきた者たちから猛反発を呼び起こした。彼らは反政府派を唆し、打倒王政運動を支持している。

 国務諮問会議は紛糾し、兄は疲労が色濃い。だから、ポムドテール孤児院出身の少女達が国王の税改革について肯定的な反応を見せてくれたのは嬉しい。


「お嬢さま、ちょうど沸騰したところですよ」


 厨房室の外で、マノンが大鍋に湯を沸かしている。火加減を調整しているのはクルトだ。


「お嬢どーしたの。顔真っ赤じゃん」

「な、なんでもないの。クネルを茹でましょう」

「がってん承知!」

「あなたのその不躾で無様なファンデール語は一向に直りませんね……」


 マノンはこめかみを抑えてため息をつく。


「あはは。通じればいいんだって。いやあ、それにしてもお嬢には驚いたな。じゃがいも料理を考えちまうなんて」


 クルトは手早く生地を入れていく。エレーヌは鍋を覗き込んだ。お湯の中で、丸い団子(クネル)がごろごろと回転するのを見つめながら、エレーヌは微笑んだ。


「マクシムさまが、クネーデルについて教えて下さったおかげよ」


 ファンデール人がじゃがいもを遠ざけるのは、見た目が聖教に反するという偏見からきている。それを変えれば良いのではないかとエレーヌは考えたのだ。

 エレーヌが悩んでいると、マクシムが帝都で主食となって久しい団子(クネーデル)について教えてくれた。古いパンに、すり潰したじゃがいもを練り込んで丸く成形したものが基本だが、小麦を使わなくても作れるし、工夫次第でお菓子にもなる。


「これは美味しいです」


 とマノンが力強く頷く。彼女は蒸したじゃがいもは苦手だが、クネルであれば好んで食べられる。

 マノンの好反応を見て、エレーヌは流民への炊き出しでクネルを振る舞ってみた。このままでも美味しいし、野菜スープの中に入れるともちもちとした食感が増す。何より、満腹感を覚えられるので、みんな喜んで平らげた。

 エレーヌはエプロンのポケットから手紙を取り出す。


「マクシムさまがね、秋には帰れそうだから、南瓜を持って帰ってくださるって。南瓜のクネルも美味しいと思うのよ」


 と言ってみると、二人とも「それは絶対に美味しい」と頷いた。

 エレーヌは僧院の庭に、見知った顔を見つけた。茹で上がったクネルをお椀によそって駆け寄る。


「アルザスおじいさんっ、お昼ごはんよ」

「おお、姫さ……お嬢さま」


 エレーヌが近寄ると、僧院の庭を掃いていた老人がえくぼを浮かべた。彼は、モントルイユからの帰りに馬車を襲おうとした流民たちの一人である。

 アルザスというのは名前ではなく、彼が捨てざるを得なかった故郷の名前である。


「ありがたい、ありがたい。こんなじじいに働き口を用意してくださり、メシまで」

「アルザスからお手紙が来たのよ」


 放っておくとこの老人は拝みだしてしまうので、そうなる前にエレーヌは手紙を開いた。


「蕪の次は、じゃがいもがちゃんと実ったって書いてあるわ。アルザスの畑一面にじゃがいもの花が咲いたって」

「おお、おお。じゃがいもの花が! ははあ、死ぬ前にみたいもんだ」

「トマさんがね、今年のライ麦収穫がうまくいけば、おじいさんたちを呼び戻せるって言っているらしいわ」

「おお……トマが……!」


 孫の名前を出され、老人の目に涙が溢れる。シェルファ僧院に保護された後、マクシムはアルザスの男たちにもう一度故郷で作物を育てようと提案した。そして、自分も同行すると提案したのだ。

 王都にいても男たちに職はない。故郷に再び実りを戻せるならと、半信半疑で男たちはマクシムの話にのった。

 マクシムは大学にかけあい、月の半分はアルザスで過ごせるよう調整した。帝都の大学で既に学士を取っていたので、授業に出ない代わりにアルザスの土壌調査および収穫量の統計について考察する論文を提出する方向で話がついたらしい。

 去年、アルザスでは春植えのじゃがいもの花が咲いた。続いて蕪や南瓜など寒さに強い作物を種付けして、何とか収穫にこぎつけられたのだ。


「次の正礼拝のとき、みんなに伝えてもらえるかしら」

「もちろんです。……はあ、しかしジャンヌはどこに行ったのか」


 老人は申し訳なさそうに体を縮こめた。ジャンヌは、エレーヌに鎌を振り上げた少女である。アルザスの流民のうち、彼女一人が行方知れずになっている。


「やはり、便りはないの?」

「ふらっと僧院を出てって、そのまんまなんですわ」


 エレーヌは、今にも泣き出しそうな空を見上げ、ジャンヌの眼差しを思い出した。

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