10年後の夢
【第十二章】 僥倖
9/2(金)22:30
俺はベッドの上でゲーム配信を流しながら一人、ネット麻雀をしていた。
麻雀アプリが不意に無音になって、スマホが振動し出した。
画面上には「なつみ」の文字
「え。。。」
待ちに待ってたって感じでもなかった。だからと言って、一生連絡が来ないとは思っていなかった。でも、嬉しくなった。
すぐに電話に出てもよかったが、戦績が残ってしまうオンライン対戦のゲームを、俺は合理的な意味で捨てたくなかった。
だから一旦スルーしてしまった。
(この試合が終わったら話したい)
オンライン対戦のゲームじゃなかったら、戦績が残るようなゲームじゃなかったら、俺はすぐに電話に出ていただろう。
試合が終わった後、確認するとなつみからメッセージが来ていた。
「久しぶり。
いきなり連絡してごめんね」
「何か用?」
「もしよかったらLINE交換しない?」
俺は即時にQRを送信した。
この「何か用?」に関してだが、あまりにも冷た過ぎる。
それは俺も思う。
ここまで読んでくれた読者の皆さんには気づいてもらいたいが、これは意識的な態度である。半年ぶりの最愛の人からの連絡が嬉しくないはずが無いだろう。
LINE交換後は、今東京にいるかとか、休みの日は何してるかとか、平日は出勤かとか、仕事のことなど聞かれ、以前とは違ってそれなりに明るい態度で返信した。
「よっくんが良かったら遊びたいなぁ」
会話が始まって間も無く言われたこの一言に、ドキッとした。
「やっと会える!」
その気持ちは20%くらいだった。
「何も準備してない...」
これが80%だ。
俺は8月中旬から8月末まで大阪の実家に帰省していて、テレワークをしていた。急遽9月1日に上司から呼ばれ、なつみから連絡が来た日からすると、昨日帰って来たばかりだった。
実家に帰っていた時は怠け、親と連日美味しい物を食べて若干太っていた気さえする。
東京に来てから服も買ってないし、自分も磨いてないし、本当に会う準備なんてしていなかった。
「もう会えないのかな」
うっすらそう思っていたからだ。
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その理由:
なつみからは半年ぶりに連絡が来た訳だが、ならば半年前はどんな話をしていたかについて書こう。
普通のたわいない会話をしていたが、ある時なつみが
(LINE)
「よっくんってうち何区に住んでるか知ってる?」
と訊いてきた。
俺は中学生の頃なつみのTwitterを知っていたから、知っていた。中学校にその区の名前が入っていたから、引っ越ししていなければその区なんだろうと思っていた。
「知ってるよー」
「うち言ったっけ?」
「言ってないと思うよー」
「何で知ってるのー?」
「昔Twitter見て知ったかな〜」
俺は正直に言ってしまった。こんなことを聞いて不快感を覚えないはずが無いのに。
「あーーーー
なるほど
悪用しないでね?」
勝手に見ていた俺が悪いのだが、この発言には少し傷ついた。
俺はそんなに信用されていないんだな...
「すると思う?」
少し怒っていた
「疑ってる訳じゃないよー
心配性だから」
「怒ってる?」
「怒ってないよ」
「前2万円貸してくれたの覚えてる?」
「あの時助けてくれたり、こないだ引っ越す場所教えてくれたりして、よっくんのことは信頼してるよ」
「よかった」
「よっくんは?」
「わからんかなー」
「どうしてー?」
「なんとなく」
「めっちゃ長いのに?」
「うん
ちょっと眠くなったから寝るわー」
不在着信
☎︎
不在着信
☎︎
不在着信
☎︎
不在着信
☎︎
「ブロックしてる?」
「LINEまたブロックと削除するね
昨日話してくれてありがとう」
20日後
なつみが退出しました
↑
アカウント削除したということ
とまあ、こんなことがあったからだ
なつみは俺の「何区に住んでるか知ってる」発言に恐怖し、LINEアカウントを消して完全に縁を切ったというメッセージを送ってきたのだと感じた。
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そう、警戒されて、信頼も無くなって、もう一生連絡が来ないものだとどこかで思っていたのだ。
それでも時間が欲しかった俺は(最高の状態でなつみと会いたかった俺は)、月の後半で会おうと約束した。
会うと言っても、仕事終わりにご飯に行くだけだが、なつみが日時と場所を決めてくれた。
A区で20時から、個室飲み屋で。
位置関係としては、A区、俺の居住区、なつみの居住区の順に並んでいる。
俺は察した。
夜の20時に集合して(なつみが土曜でも仕事があるから仕方ないが)、しかもなつみから見て俺の区よりさらに先で飲むことを提案してきたということは、帰る気が無いんじゃないか?
なつみは良いのか?会うのは初めてなのに。最後に写真を送ったのだって、もう数年前だ。何でそんな博打が打てるんだ。信用されているのは嬉しいが、俺はなつみの度胸に驚いた。
まあでも、確定した訳ではないし、その場の流れだろうし、終電前にそのまま解散するという可能性も半々くらいだと俺は思っていた。
【第十三章】 10年後の夢
その後も大体毎日、仕事終わりに連絡を取っていた。
9/6(火)
なつみからLINEが来た。
「ごはんさ、24日やめて、今週の土曜の夜とかだめ?」
内心俺はもう少し時間が欲しかったが、断るのは男らしくないと思い、予定より2週間も早く会うことを了承した。
9/10(土)初めて会う日
会う当日、俺が何をしていたかというと、夕方まで寝ていた。でもしっかり、夕方には起きたのである。会うのは20時。この3,4時間の間に何をするか。
髪のセット、それにアイプチだ。
俺は生まれてからずっと一重だった。ずっと目つきで損をしていると思っていたし、どうしても自信が持てなくて、それ故に人と目を合わせるのが嫌だった。そこで、前日に二重のりを買っていた。
これを使うのは初めてだし、髪のセットも下手すりゃ2,3年ぶりだ。十分な時間が俺には必要だった。
なんだかんだ、30分程たっぷり時間を使って準備はできた。その時に久しぶりに自撮りをしたが、なかなかイケていたように思う。
駅に着いてからも準備したかったから、俺は集合の30分前に着くよう家を出た。電車に乗っている最中、なつみから
「今終わった〜
40分くらい遅れちゃう
まだ家出ないで!」
とLINEが来た。
仕事あったんだ。
俺はなつみが土曜出勤なのを忘れていた。
おいおい、1時間待つことになるな(笑)
全然苦ではなかった。だってなつみと会えるんだから。
駅に着いてからは、併設のショッピングモールを歩いて時間を潰して、お手洗いで髪の状態や目の状態を気にしたりしてそわそわしていた。
まだかな。って、純粋に思っていた訳ではなかった。やっぱりまだ不安はある。俺の容姿を見てガッカリされないかな。でも、もうここまで来たんだから逃げ道は無い。会うしか無い!
ちょっと一人で歩き疲れた俺は、駅の通路の階段に座っていた。
約束の時間の前になって、まだなつみからLINEが来なかったから、
「何線で来る?」
とLINEで聞いた。
「もう着いたよー
西口にいるよ」
!!
着いてるのに何で言わないんだよ!?
って思った。
なつみももしかしたら緊張していたのかもしれない。
俺は自然に走り出した。事前に決めていた訳ではないが、走るという選択肢以外無かった。
だって、最愛の人がもう手の届く距離にいる。
初めて来た駅でちょっと迷いながらも、俺たちは遂に初めて会うということを果たした。
暗闇でよく見えなかったし、裸眼視力0.1の俺だったが、小柄な女の子が近づいて来た。
「よっくん?」
「おう、うん」
ここからの会話は覚えていないが、テレワークしてるとか、そういう仕事のちょっとした話をしながら飲み屋へ向かった。
10年越しに初めて会ったにしては、随分とサッパリしたシーンだった。
俺が中学高校だった頃のイメージでは、昼間の新幹線のホームでお互いがギュッて抱き締めるドラマみたいなシーンだった。
会って間も無く、「行こっか」と言ってお互いの今までの思い出を振り返ることもなく、淡々と店に向かって行く。まあでも、その時は付き合っていた訳でも無いし普通かも知れない。
いや、でも何度も愛し合ったことがある仲だ。人目も気にせず抱擁くらいしても引かれなかったと思う。
残念なことに、俺にはその選択肢を当時持ち合わせていなかった。その時点で俺は、この先付き合うことになるなんて、想像はしていたけど、まだまだ先のことになると思っていた。会うのは初めてな訳だし、徐々に距離を詰めていくのが真面目な恋愛だと考えていた、つまらない人間だった。