一話
第三章のスタートです!
『ぼん、きゅ、ぼ……え?』
驚きのあまり言葉を詰まらせるハリー様に、私は、もう一度頷いて見せる。
ハリー様は視線を私の横にいたアシェル殿下へと向けると、救いを求めるような瞳で見つめるけれど、アシェル殿下は笑顔で口を開いた。
「僕には、ハリーが何を考えているのか、よくわからなくなったよ」
『ぼん、きゅ、ぼーんって、ずっと考えているわけはないよね? そうであってくれ。いや、ずっとそれ考えながら仕事しているんだったら、もうむしろすごいとしか言えない』
ハリー様がぎゅんっと勢いよくこちらを見つめてくるので、私はもう一度こくりと頷いた。
「ちょっと……ちょっと待ってください」
『ぼん、きゅ、ぼん』
口元を抑えて、視線を彷徨わせながら後ずさりするハリー様は、しばらくの間固まり、その後ゆっくりとその場にうずくまると、頭を抱え、それから体を起き上がらせると大きく頷いた。
「なるほど、なるほど、納得がいきました。だから……なるほど。ふむ」
『ぼん』
「うんうん。それでさ、エレノアは仕方がないけれど、僕は勝手にエレノアに教えてもらってしまったから、まず謝るよ。勝手に聞いてしまって申し訳ない」
『エレノアは聞こえてしまうけれど、僕は違うから、勝手に聞いちゃったのはまずかったよね。本当にごめん』
ハリー様はアシェル殿下のその言葉に、首を横に振ってから、それから、何とも言えない表情を浮かべると、静かに口を開いた。
「いえあの……言い訳がましいのは分かっているのですが、その……性的な思考をもっていたわけではなくて……すみません」
『ぼん、きゅ、ぼん』
頭を深々と下げるハリー様に、私は今も頭の中でぼん、きゅ、ぼんと聞こえているとは口にせずに首を横に振る。
私はアシェル殿下と話をし、これからのことを考えて自分の能力を出来ればしっかりと活用していきたいと考えていた。
そしてハリー様にだけは心の声が聞こえることを話し、活用方法を相談した方がいいのではないかという結論に至ったのである。
最初こそ、私は本当に話しても大丈夫だろうかと不安に思ったけれど、アシェル殿下の信頼の置くハリー様ならば大丈夫だろうと話をすることを決意したのだ。
ハリー様には私は昔から心の声が聞こえていること、これまでのことを伝えた。
そして最後に、ハリー様の心の声もずっと聞こえていることと、普通の人とはハリー様は考えていることが違うことも伝えたのだ。
結局どうしてハリー様の思考がそうなっているのか、私はやっと聞くことが出来る機会が出来たと思った。
けれどハリー様の口から出た言葉は私の予想の範囲外の答えであった。
「えっと……僕は、日常、頭の中がすごくごちゃごちゃとしているんです」
『ぼん、きゅ、ぼん』
「ごちゃごちゃ、ですか?」
ハリー様は頷くと、眼鏡をくいっと上げて、ゆっくりと深呼吸をした。
「では、今から、そのごちゃごちゃをゆっくりにしてみます。いいですか? 僕の推測が正しければ、それが理由なのではないかと」
『ぼん、きゅ、ぼーーん』
「えっと、はい」
私はどういう意味なのだろうかと思っていた時であった。
いつもは頭の中でハリー様の声は端的なものばかりだったというのに、次の瞬間、頭の中に洪水のように文字の羅列が並び始め、意味不明な言葉が頭の中で渦巻き始めたのである。
突然のことに私は驚きと同時に耳を慌ててふさぐけれど、それは心の声であり、聞こえなく出来るわけがない。
「どうですか?」
『ぼん、きゅ、ぼーん』
次の瞬間、ぱたりとその声がしなくなった。
私は目が回り、アシェル殿下へとよろよろとしなだれかかってしまう。それをアシェル殿下は支えてくださった。
「エレノア!? 大丈夫?」
『え? え? どういうこと?』
ハリー様は頬をポリポリと掻くと言った。
「僕、昔から頭の中で様々なことを同時に考える癖があって、おそらくそれがあまりにもひどいために、一番表面上にある、僕の……その、趣味というか、他人にあだ名をつけるっていう遊びが来ているのではないかと思います……ごめんなさい」
『ぼん、きゅ……えっと……妖艶美人? いや、えっと……』
遊び!? しかも今現在進行形でぼん、きゅ、ぼーんを改めようと考えている!?
私は驚きのあまり動きを止めると、ハリー様の方を見つめたまま動きを止めた。
ハリー様は眼鏡をかちゃかちゃと動かしながら考えをまとめているのであろう。それから口を開くと言葉を並べていく。
「その……僕は昔から変わっていて、頭の中で物事をまとめられないんです。様々な引き出しが開いている状態というか、だからこそ、頭の中では常にいろいろなことを考えすぎてしまって。それで疲れすぎないようにセーブをかける方法の一つで、あだ名をつけてそれで読んでいく遊びというのがあって……すみません、あまり理解できませんよね」
『小悪魔令嬢……ぼん、あ……ぼん……う』
心の中で悩むかのように言葉を詰まらせるハリー様に、私はなるほどなぁと頷くとアシェル殿下に支えてもらっていたのをどうにか自身で立ち、口を開いた。
「それが、ハリー様なのですね。なるほど、不思議なものではありますが、ハリー様のような方もいらっしゃるのですね」
「えっと、はい……もう僕の特性だとしか言いようがなく……その、あだ名は変えます。ただ、その……あだ名をつけることで安定するので、それは許していただけると助かるのですが」
『ぼん、きゅ……美女』
私はその言葉に、吹き出すように笑ってしまった。
一生懸命に考えてくれているのだろうけれど、私のあだ名はおそらくいつもの“ぼん、きゅ、ぼーん”がしっくりとくるのであろう。
ハリー様の事情が分かった今、私はそれをやめてとは言えないし、それに何より、心の声というものは本来自由なものである。
「いえ、あの、あだ名もハリー様が呼びたいようにしてくださいませ。ふふふ。最初こそびっくりしましたけれど、なんだか、ふふふ。えぇいいんです。好きに呼んでください」
『ぼん、きゅ、ぼーーん!!!』
私は思わず吹き出すように笑ってしまった。
アシェル殿下は困ったように頭を少し掻くと、ため息をついて頷いた。
「まぁ、心の声は自由だもんね」
『ちょっと複雑だけれど、エレノアがいいなら、いいよね』
ハリー様は眼鏡を焦ったようにくいっくいっといじっていて、本人も相当に動揺しているのであろうなと思った。
けれど、そんなハリー様からは私に対する嫌悪感などは感じず、良い人だなと私は思った。
それと同時に、ハリー様自身も他人には言えない悩みだったのだろうなと思った。
人はそれぞれに、問題や課題はあり、表面的には見せないように隠している場合もあり、だからこそ他人のことを思いやる気持ちというのは大事になのだ。
改めて私は、人の事を決めつけることはせずに、人を思いやれる人間でありたいなとそう思った。
その後、ハリー様とは心の声を使ってどのように外交をしていくかなどの話し合いの場が持たれるようになり、私は今後サラン王国の為にはしっかりと能力を使いこなしていく必要性を感じたのであった。
『ぼん、きゅ、ぼーん』
結局のところ、ハリー様の心の声は安定のもので収まり、私は何となく愛着がわいてきたそのあだ名が聞こえる度に、くすりと笑いそうになるのをぐっと堪えるのであった。
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