二十四話
『突然気を失うから心配した! エレノア! 大丈夫!?』
アシェル殿下の心の声が響いて聞こえ、そして視線を彷徨わせてから体を起き上がらせると、そこにはエル様が花弁を使い、カシュの黒い蔓のような攻撃から守ってくれているところであった。
地面に落ちた黒い何かは、じゅっと音を立てて草花を焦がしている。
「精霊がぁぁぁ邪魔をするなぁぁぁあ!」
周囲を見回せば、魔術師達が必死に攻防しながら、弓部隊がカシュに攻撃を仕掛けるもうまくいかず、地面がどんどんと黒い液体で焼かれているのが見える。
「エレノア。あれはもうどうにもならない。封印するしかないだろう」
『哀れな生き物だ』
エル様の声、そしてそれにアシェル殿下も同意するように言った。
『魔術師達ともそうなるだろうと話をしていて、以前エターニア様から譲り受けた壺を持ってくるように伝えてある! 上手くいくかどうかは、分からないけれど』
以前妖精の国にてエターニア様から譲り受けた壺は、アシェル殿下にお願いをして一度魔術師達の元へと運ばれ、徹底的に調べられたと話を聞いていた。
不安が残る様子のアシェル殿下の元へとダミアン様とオーフェン様が魔法陣を展開しながら壺を抱えてこちらへと走って来た。
そして合流を果たすと、オーフェン様はエル様の横で魔法陣を展開し、ダミアン様は私達の前に膝をつき、息を切らしながら言った。
「蓋を開けば、向けられた対象を封印する仕組みとなっています。ただ、このままですとノア様も同時に封印することになるかと思います」
『すすすすストーリーが突然進んだぁあぁぁ。もう、なんでだよぉぉ』
「ダミアン! さっさと渡してこっちに加勢して!」
『もう! さっさと渡してきなさいよ! ひぃぃぃ! あつい! 何あの黒いの! あっついんだけどぉ!』
ダミアン様はすぐに壺を私に押し付けると、魔法陣を展開する方へと加勢に加わる。
私は手渡された壺を手に、後ろからダミアン様とオーフェン様に尋ねた。
「どうにかアシェル殿下とカシュを引き離す方法はないでしょうか!? ゲーム内ではどのように引きはがしたのか覚えていませんか!?」
ダミアン様は新しい魔法陣を作り上げながら言った。
「覚えてないんです!」
オーフェン様も同意するようにうなずいた。
「おかしなことに、覚えていた気がしたのだけれど、覚えていないのよぉ~」
二人の言葉に私は内心がっかりとしながら、頭の中では、アシェル殿下の体から引き離す方法はないだろうかと考える。
一体どうすればいいのだろうかと思った時であった。
私はカシュが攻撃する横で、こちらに向かってにやにやとした笑みを浮かべているチェルシー様が目に入った。
この世界のヒロインだからなのか、チェルシー様はこのアプリゲームの事を本当によく覚えているようであった。
つまり、この後の展開も知っているかもしれない。
私は心の声を聞こうと全神経を耳へと集め、瞼を閉じた。
『うふふ。さぁ、エレノア様はアシェル殿下を見捨てるのか見捨てないのか、どちらの封印を成功させる道を選ぶのかしら』
その声が聞こえた瞬間、私は違和感を覚えた。一体何かと考え、そして気が付く。
チェルシー様はカシュが封印されるのは絶対だと思っているのだ。
倒される前提で頭の中考えており、そして何より、カシュに今は手を貸そうともしていない様子である。
『さぁ、エレノア様は精霊の真名を手に入れているのかしら。真名はアップデート前でも入手可能なはずだったけれど、手に入れていればアシェル殿下は助かるはず。うふふふ。真名を手に入れずに封印しようとすれば、アシェル殿下もろとも瓶の中ねぇ~』
エル様の真名?
私は以前チェルシー様はエル様の中庭をうろついていたころに、確かに真名というものをチェルシー様が手に入れようとしていたことを思い出す。
私は瞼を開けると、エル様の方へと視線を向けて言った。
「エル様、アシェル殿下を取り戻す方法何かご存じありませんか?」
何かないだろうか。
ハリー様も声を荒げ、アシェル殿下が指揮できなくなった場所に声をかける。そして他の場所へとカシュが移動しないように包囲できないか叫んでいる。
こんな状況で、本当に乙女ゲームのようにカシュをアシェル殿下から引き離し封印することなど出来るのであろうか。
私の言葉にエル様は振り返ると、少し考えてから口を開いた。
「エレノア。私の愛しい子よ。では私と契約を結ぶか?」
『真名で契約を果たせば、助けられるかもしれん』
その言葉に私はすぐにうなずいた。
アシェル殿下を救うことができる道があるのであれば、どうか手を貸してほしい。
「お願いします! アシェル殿下を助けたいのです! 力を貸してください」
私達の声がハリー様にまで届いていたのか、ハリー様がぎょっとした顔でこちらを見て心の中で叫び声をあげた。
『ぼん、きゅ、ぼーーーーーん!?』
もはやその呼び名が定着しすぎて、私はまったく違和感がなくなった自分が怖い。だが、とにかく今はアシェル殿下を助けなければ。
精霊と契約した人間についての書籍を私は読んだことがある。ただ、詳しくは書かれておらず、契約が果たされ者はごくわずかだということだった。
それでもエル様が力を貸してくれるのであれば、アシェル殿下を助けたい。
「わかった。では、私の手にエレノアの手を重ねてくれ」
『ふふふ。私としてはエレノアの精霊となれることは喜びか』
私はエル様の手に自分の手を重ねた。
エル様は私の額に自身の額をつけ、そして言葉を紡ぎ始めた。
「エーテル・ロ・ベアテルの真名において、エレノア・ローンチェストと契約を果たしたことをここに宣言する」
次の瞬間、私の額は熱を持ち、温かな何かが体を包み込んだ。
瞼を開けると、エル様は優し気に微笑みを浮かべた。
「妖精の祝福と精霊の契約か。エレノアは何とも稀有な存在だな。さぁエレノア。契約は果たされた。どうしたいのか、教えておくれ」
『そんな人間未だかつて、いたことがあっただろうか』
私は頷き、真っすぐにエル様を見て言った。
「アシェル殿下を助け、カシュを封印したいのです! 力を貸してください」
「わかった」
『あぁ。人と契約をし、力を貸すことの喜びはいつぶりか。人と契約を果たしたことで、私に世界との繋がりが生まれた。あぁぁ。力が、溢れる』
次の瞬間私の体は光の花弁に包まれ、そして私が一歩進めば、焼け焦げた地面が再び息を吹き返し美しい緑の芽が生まれ花が育った。
「さぁ進め」
『大丈夫だ。全てからお前を守ろう』
カシュは私の様子を見て、顔を歪めると声を荒げた。
「エレノア。この体でも我を拒むというのか!? 何故だ!?」
『なんで……なんで我を受け入れてくれないのだ!?』
次の瞬間、その怒りをぶつけるようにカシュは私の事を攻撃し始めた。
黒い蔓や黒々とした毒々しい液体が私へと降りかかるけれど、エル様の花弁が私の事を守ってくれる。
心に恐怖心はなく、私はアシェル殿下を助ける為にエル様と共に進んでいく。
「カシュ、アシェル殿下を返してください」
真っすぐにそう言うと、カシュは唇を噛んで声を荒げた。
「嫌だ嫌だ嫌い嫌だ嫌だあぁぁあぁ! くそが! 我の物にならないのであれば死ね! お前などもう不要だ! お前などもういらん! チェルシー!!!! この女を殺せ!」
『あぁぁぁあぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ』
声を荒げるカシュの後ろに控えていたチェルシー様は、にっこりと優しく微笑むと、カシュを後ろから包むように抱きしめた。
そしてチェルシー様は私の方を見て楽しげに言った。
「ほら、エレノア様、チャンスですよー」
『うふふふふ』
突然の事にカシュは目を丸くした。私は、チェルシー様は一体何のつもりなのだろうかと思っていると、カシュの体から黒い炎が燃え上がった。
チェルシー様も炎に包まれるが、まったく気にしていない様子である。
「チェルシー! 何のつもりだ!? お前も我を裏切るのか! 人間がぁぁあ! エレノア! 死ね! お前などもう不必要だ!」
『お前ごとき、燃やし尽くしてくれる! 人間など、人間などもうどうでもよい!』
体から暴れまわるように黒い物が溢れ出て、それはうねりをあげて巨大な口を開く。そして私を飲み込もうとする。
私は静かに、真っすぐにその瞳を見つめて言った。
「カシュ……ごめんなさいって、伝えてって頼まれたの」
次の瞬間、カシュの動きが止まる。
「なんだと?」
「貴方は悪くなかったのにって、女の子から、貴方に伝えてって」
花弁が舞う。
私はカシュに向かって手を伸ばすと、光が溢れ、そしてカシュの周りをくるくるとその光は舞う。
エル様の力を借りて、私はずっと彷徨い続けていたカシュへの心の声を具現化した。
「この……匂いは」
『消えたはずなのに……この匂いは』
カシュの手が、光に触れた。
「ララ……お前なのか」
光がカシュの手に触れると、優しく淡い光をさらに放つ。まるで、謝るように。
次の瞬間、エル様の花弁が空へと舞い上がり、そしてたくさんの光がカシュの周りを飛ぶ。
『ごめんなさい』
『貴方のせいではないのに』
『貴方を化け物に変えてしまった』
『貴方は悪くなかったのに』
一つ一つが少女の言葉。届けられなかった心の声。
溢れるその光にカシュは目を見張り、そしてその瞳からはいつしか、涙が零れ落ちていた。
「会いたかった……そうだ、我は……我は、お前に会いたかったんだ」
『エレノアではない。我はララ、お前に会いたかったのだ。だから同じ優しい匂いのするエレノアが欲しかった。だが、我が求めていたのは……お前だった』
「エレノア。今だ!」
エル様にそう言われ、私はアシェル殿下の腕を掴むと、引っ張り、その体を抱きしめた。
カシュからアシェル殿下が抜けた瞬間に、アシェル殿下は大きく息を吐き、それから深呼吸を大きくすると私と視線が合った。
「エレノア、ありがとう」
私はアシェル殿下が戻ってきたことが嬉しくて、その体を抱きしめた。
「良かったです。アシェル殿下」
チェルシー様は私が引っ張る瞬間にカシュから手を放し、そして楽しそうにその光景を見守っている。
ララという少女の光に誘われ、カシュはアシェル殿下の体から飛び出ると、黒々とした体を引きずりながら、その光を追う。
「ララ……ララ」
カシュはそう呟きながら光にすり寄るが、体から溢れる黒々とした煙は消えず、そればかりかさらにずぷずぷと音を立てながら黒い液体を吐き続けている。
『ごめんね……カシュ……ごめんね』
そして、少女の心の声はカシュに届いたことで空気に溶けて消えてしまい、黒い液体を吐き続けているカシュは、呆然と光が消えていった先を見つめた。
辺りは瘴気のようなもので黒い霧と、黒々とした液体が吹き出し、黒い蔓もカシュの意思とは関係なくのたうち回っている。
周囲はいつの間にか魔法陣で囲まれており、魔術師達は私達にカシュが気を取られている隙に周囲を封鎖することに成功している。
「……この世界には、もう、ララはいないんだな」
『結局、我が求めるあの香りは、匂いは、もうこの世界にはないのだ』
その言葉に、私はうなずいた。
「なら、もう我は眠る。封印したければすればいい……」
『元々闇として生まれいでたが、我は人間の呪う気持ちを媒体に膨れ上がっただけ……この世界を食らいつくすなどという野望もない……』
どんどんと広がっていく黒い液体は、地面を焼き尽くし始める。
アシェル殿下は、私に言った。
「封印をしよう」
「……はい」
悲しい存在である。けれど、このままにしおけばどんな被害を出すかは分からない。
その時であった。
チェルシー様はカシュの元へと行くと、その体をもう一度抱きしめた。
それに、カシュがびくりと体を震わせる。
「なんだ……チェルシー」
「カシュ様。言ったでしょう? 私はずっとおそばにおりますわ」
『やっと、カシュ様の傍には私だけになったわね。はぁ~。エレノア様から匂いを奪って、カシュ様には私だけを愛してもらおうと思っていたのに、上手くいかないし、でも、まぁ、イベントも進んで結果オーライよねぇ~』
その言葉に私は驚くと、チェルシー様は私に向かって微笑みを浮かべて言った。
「エレノア様、前に私に聞いたでしょう? 幸せかって」
「え? えぇ」
チェルシー様は幸福に包まれたように、にっこりと笑いながら言った。
「お父様は私に嘘ばかりついて、私を傷つけることで私を支配してきた。私自身もお父様を愛していたからそれに従った。けれど今ならわかるわ。あれは洗脳ね。でも、今は違うの」
『ふふふ。私って本当にばかよねぇ~』
カシュをぎゅっと抱きしめたチェルシー様の手は、腐敗と再生を繰り返しながら、それでも離れることはない。
拷問が続くような時間だと言うのに、それでもチェルシーは離れなかった。
「カシュ様はね……とても優しいのよ。おかしいわよねぇ。闇とか悪魔とか呼ばれているのに。でもね、私が一緒にいるのを許してくれた。ふふふ。私今が一番幸せ。だから、カシュ様と一緒に封印して頂戴」
『それがいいわ。だってこの世界には私の居場所はないもの。私はカシュ様と一緒にいられればそれでいい。それが幸せ。たとえ暗闇の中であろうと、この体が腐敗を繰り返しても……たくさんの命を奪った罪人の私には、それが相応しいわ』
「チェルシー様……」
私はアシェル殿下の方へと視線を向けると、静かに頷くのを見た。
もしこの場に残っても、チェルシー様には処刑か幽閉の道しかないだろう。
「わかりました……」
私とアシェル殿下は封印の壺の栓に手をかける。
「エレノア様、さようなら」
『ふふふ。ありがとう』
蓋を開けた瞬間、轟音と共にチェルシー様とカシュは一瞬にしてその中へと飲みこまれ、地上にこびりついていた黒い液体や、人の形をかたどって暴れていた闇も全てが飲み込まれた。
この一年の始まりの一日目に、私の小説を読んでくださっている方へ。
読んでくれてありがとうございます。少しでも楽しんでもらえたら私は嬉しいです。
朝日が昇り、また今日がやってきました。一日一日があっという間に経っていきますが、この平和な日々が続いていってくれればいいなぁと、空を見上げながら思います。
皆様にとって今日が、幸せな一日でありますように。
ついに、後残すところ1話です。
すごいですねぇ。あっという間。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます。明日までどうぞ、楽しんでもらえたら嬉しいです(*´▽`*)日で完結予定です!!






