二十二話
『エレノア!』
沼の中で、アシェル殿下は私の事をぎゅっと抱きしめて守ろうと必死になってくれている。
『大丈夫だよ。エレノア。絶対に僕が守るから!』
アシェル殿下は片手で剣を構え、深淵の底のような空間ですら私の身を守ろうとしてくれる。
この人はどこまで言っても誠実で真っすぐな人だ。私だって、守られるだけではなく、守れる存在になりたい。
どうやって?
私は自分に出来ることを考えながら耳を澄ませた。
大丈夫だ。私はこれまでだって何度も苦しい場面には出くわしてきた。だから、私に出来ることをしなければいけない。
「カシュ」
「エレノア?」
私は名前を呼んだ。この深淵へと私を招いた張本人の。
そうすれば、心の声はいつでも私の耳に届くのだから。
『ふははは! やはり恐怖に染まれば人間は我に救いを求めるのだな! あの時のあの女もそうだった! 燃え盛る炎の中、我を求めた!』
声を聞こえた方向へと私は視線を向けると、アシェル殿下にそれを視線で伝えた。
アシェル殿下は頷くが、私達を引き裂こうと深淵の中で黒い蔓がうごめき、私の体に絡みつくとその体を声がする方へと引き上げようとする。
『エレノア、目をつむっていて!』
私はぐっと瞼を閉じると、眼前すれすれを剣が空気を切る気配を感じた。それと同時に悲鳴が聞こえる。
『ぐわあぁぁぁっ! くそ! 邪魔な人間め!』
『エレノア行くよ!』
アシェル殿下は私から黒い蔓を引き離すと、私の腰を抱き、まるで泳ぐように深淵の中を声の下方向へと泳いでいく。
そして、私とアシェル殿下の視線の先に、大量の花弁が舞い落ちてくるのが見えた。
「っはぁぁ!」
「ふっはぁぁ」
私達は息を求めるように暗闇から飛び出すと、大きく息を吸い、そして自分たちが花弁に包まれていたことに気がついた。
アシェル殿下と私の周りには大量の花弁があった。空を見上げれば、先ほどまでの晴れた空は消え失せ、真っ暗闇に包まれている。
「エル様!」
私は顔をあげると、エル様を呼んだ。すると、エル様が私の横に現れ、ふっと笑みを浮かべる。
「よくあの深淵から二人そろって戻ってこられたものだ。頑張ったな」
『良かった。それにしても、あの闇は臭いな。人間の業が生み出した存在か』
人間の業?
『人間の手によって、人の恨みつらみを植え付けられたのだろう。哀れなものだ』
私はそのエル様の心の声にぞっとした。あれはなりたくてなった姿ではなく、人の手によってそうならざるを得なかったという事であろうか。
アシェル殿下は剣を構え、私を背にかばうと視線の先にいるカシュを睨みつけた。
カシュは口惜し気に眉を寄せると、声を荒げた。
「俺の名前を呼んだと言うのに、まだその男に未練があるのか。あぁ忌々しい。ならばアシェルの体を乗っ取ってやればよかった。こんな男の体ではなく! そうだ、あの男の体に乗り換えよう! こいつを捨てて、あの男に! そうすればエレノアは手に入れられる!」
『何故手に入らない!? くそっ。あの女が欲しい。あの匂いを、もう一度』
アシェル殿下が危ない。私はそう思い視線をアシェル殿下へと移した時、今まで動きを一切見せなかったチェルシー様が竜の翼を大きく羽ばたき、私達との距離を詰めると、エル様の花弁を一気に吹き飛ばした。
「さぁ! 楽しくなってきたわね!」
『あははは! 面白いわ。ふふふふ』
チェルシー様の起こした風は刃のようで、地面をえぐり、そして私に向かってくるのが分かった。
「エレノア!」
アシェル殿下が私の腕を引き、そして私の体をエル様の方へと突き飛ばした。
「アシェル殿下!?」
私を庇って、アシェル殿下がチェルシー様の攻撃によって吹き飛ばされたのが見えた。
「あははははっ!」
『自由自在に体を変えられるって面白いわねぇ~』
次の瞬間、チェルシー様の足は竜のかぎづめのように変化すると、それでアシェル殿下の体を掴み上げ、攫って行く。
「アシェル殿下!!!!」
私は手を伸ばすが、チェルシー様はその体をカシュ様の方へと持って行ってしまう。
「よくやったチェルシー! ははは! これでエレノア、お前も心置きなくこちらへとこれるだろう?」
ノア様の体が黒い煙で包まれたかと思うと、次の瞬間ドロリとしたものが体からあふれ始めそしてぎょろりとした目が見えた。
それは体から這い出てくると次の瞬間アシェル殿下の体へと入っていく。
「だめぇぇぇぇぇ!」
ノア様の体は地面へと落ちる瞬間、エル様が花弁で受け止めてくれた。
けれど、アシェル殿下の体はカシュに飲み込まれ、そして、今、アシェル殿下の体が動き始めた。
「っはぁぁぁ。あぁ、この体もいいな」
『これでエレノアは我の元へ進んできたくなっただろう?』
私のせいだ。
私のせいでアシェル殿下が奪われてしまった。
体が震え、そんな私の体をエル様が支えてくださるけれど、自身の心が悲鳴を上げているのが分かった。
怖い。
アシェル殿下をもしかしたら失うかもしれないと思っただけで、すごく、すごく怖い。
泣いてはいけないのに、今は泣いている場合ではないのに、涙が溢れてしまう。
喪失感が私を包み込み、恐怖が胸に渦巻く。闇に隙を見せてはいけないと以前エル様に言われたけれど、けれど、アシェル殿下を失うかもしれないということは私にとっては一番の恐怖だった。
年末!!!!
もうすぐあったーらしぃーあーさがーくるっぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!(●´ω`●)
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