二十一話
カシュはよけるために体をよじり私の体を離した。そんな私の体をアシェル殿下は抱きあげると、空間に浮かぶ別の魔法陣へと飛び込む。
「くそがぁぁぁあ!」
『人間めぇぇ!』
私は驚きと共に、世界が反転するようなぐらりとした感覚に目を見張った。
まるで自分がよじれるような、気持ちの悪い感覚がその後に襲ってきたかと思えば、私は図書室から外へと移動していた。
「エレノア! 遅くなってすまない。エレノア救出完了! 第一部隊前へ!」
あたりを見回せば騎士達が集まり、第一部隊と呼ばれた人々が図書館へと魔法陣を通じて飛び込んでいく。
アシェル殿下はそこで木刀と真剣に取り換え、そしてそれをしっかりと構えた。
次の瞬間、図書館の窓が割られ、そこからチェルシー様とカシュが飛び出てきた。
私はそこでここが図書館の外の庭であることを把握した。
中庭からは少し距離のある場所で、王城の真横に位置する場所であった。
「くそがぁぁぁ! その女は我の物だ!」
『こざかしい人間が!』
「カシュ様~。元々の計画からずれちゃってますよぉ~」
『カシュ様ったら、はぁぁあ。もう。仕方ないわねぇ』
カシュがこちらへと向かって翼を広げて飛んでくるのが見えるが、アシェル殿下と私の前には、魔術師達が並んでおり、そこにダミアン様とオーフェン様もいた。
どうやらここで迎え撃つらしく、緊張が走った。
「エレノア様! 遅くなり申し訳ありません!」
『ああああ大変だよ。ほほほ、本当にさぁぁあ』
「魔法陣、第一陣展開! エレノア様! お待たせしました!」
『ひゃぁぁぁっ! ファンタジーの世界すごいわぁぁ!』
魔術師がこんなに集まっているのを初めて見た。というか魔術自体見たことの方が少なく、私はその光景に目を丸くした。
空中に魔法陣が光り輝き、それははく銀色の稲妻を放ちながら、カシュを押さえつけるために大量に現れる。
弓部隊が後方より弓を放つ。だがそれは全てカシュの背中から生える巨大な翼によって風圧で落とされた。
ハリー様がいつも以上に大きな声で騎士達に指示を出している姿が見え、私はさすがに今はいつもの声は聞こえなかった。
緊迫している状況であり、ハリー様自身も声を荒げている。
空中にはカシュとチェルシー様が、地上には魔術師達と騎士が、後方には弓部隊が控えている。
この状況になってもなお、チェルシー様は楽しそうに笑みを浮かべており、怒りに任せてこちらへと襲い来るカシュを見守っているようであった。
どうしてあれほど余裕を持っていられるのだろうか。
その時、アシェル殿下に私は両肩を掴まれると鬼気迫った声で言われた。
「エレノア! 君は狙われている。妖精の国へと避難要請を出したから、そちらへと非難してくれ!」
『ここにいては危ない! 早く非難を!』
非難? その言葉に私は同意しようと頷こうとしたけれど、そこでまるで激流のように心の声が大量に流れてくるのを感じた。
『なんだあれは! 怖い。怖い。怖い! だが、俺達がここで頑張らなければ!』
『死にたくない。だがここで守らなければ家族がどうなるかわからん!』
『闇ってなんだよ。人間は、人間は弱い。怖い。怖い。怖い』
騎士達、魔術師達、それぞれが恐怖を抱きながらも戦い、守るために逃げることなく立ち向かっている。
ここで私が逃げて、もしカシュが違う場所へと被害を広げたり、逃げられたりしたら?
もし妖精の国まで被害が及んだら?
私は気合を入れると、首を横に振った。
「私はここにいます! 私を狙っているのであれば、私を追いかけてくるかもしれません。そうなった時に他に被害をだすわけにはいきません!」
「エレノア。お願いだから言うことを聞いて」
『逃げてくれ』
「いいえ。私は行きません」
私の声にアシェル殿下は口惜しげに表情を歪めると言った。
「なら、僕の近くにいてくれ」
『くそっ! 逃げてほしい。僕は君に安全な場所にいてほしいのに、あぁぁ!』
いらだつアシェル殿下の気持ちを感じながらも、それでも私は譲らない。
最悪、私が誘拐された方が被害は最小限に防げるかもしれない。
私と国への被害を比較すればそれは明確である。
アシェル殿下と肩を並べてこの国を守っていくという事は、自分よりも国を優先するという事。だからこそ私は、ここから退く気はなかった。
「ふははははは! 我に叶うとでも思っているのかこざかしい人間めが! 肉体を得た今、以前のようにはやられぬぞ!」
『絶対にあの女だけは連れて帰る!』
カシュは手から黒い液体を飛ばす。それは地面に落ちる度にジュっと音を立てて地面を腐らせていく。
植物は枯れ、花達は首をもたげる。
腐敗臭があたりに広がり、毒々しい煙があたりに立ち込め始めた。
騎士達を狙ってなのか、小さな人型の陰まで現れ始め、前線では魔術師達に防御してもらいながら騎士達が剣を振る。
その時であった。そんな煙が空へと花弁と共に舞い上がり、空気が一瞬で澄んだものへと変わった。
まるで地獄が一瞬で天国へと変わったようなその光景に、私が視線を走らせると、そこには中庭の精霊のエル様がいた。
その瞬間、チェルシー様が心の中で歓喜する。
『きたぁぁあぁぁ! 乙女ゲームのシナリオはかなり一気に飛ばされちゃったけど、さぁイベントの始まりよ! さぁ、頑張って封印までいけるかしら~』
一体何のイベントだろうかと思った時であった。
「エレノア! 危ない!」
「え?」
エル様に気を取られ、そちらへと視線を向けていたのが悪かった。
地面から突然黒い蔓のようなものが現れると、私の体へと巻き付き、地面の黒い沼に体が飲み込まれる。
アシェル殿下の手が私を掴み、アシェル殿下も一緒に沼に落ちていく。
時間の流れがとても速いですね。季節が巡っていくのが年々早くなっています。
冬の日のひんやりした空気を吸った時に、鼻痛くなるの分かっていてもやってしまうんですよね(*´▽`*)