十八話
私は自分のことについて話をていった。
あまりよくは覚えていないけれど、この世界が略奪ハーレム乙女ゲームであり、自分が悪役令嬢であること。
ヒロインはチェルシー様であったこと。
そして私とチェルシー様の立場が逆転していることなど詳しく話して言った。
またチェルシー様がゲームのアップデートがあり、またこれからゲームのストーリーが動き出したといっていたことも伝えた。
「なるほど……うん。僕が他の転生者から聞いていた内容とほとんど変わらないかな。実のところちゃんと覚えている人の方が少ないんだ。曖昧だったり、略奪ハーレム乙女ゲームという単語だけを覚えていたり。だから、エレノアはちゃんと覚えている方だと思う」
『この世界に転生するにあたって、恐らく記憶は欠落するんだろうな』
ダミアン様とオーフェン様も転生者であることを伝えると、アシェル殿下はうなずいた。どうやら、二人については以前怪しい動きがあったそうで、現在調査中なのだと言っていた。
私は、アシェル殿下の状況把握が的確であり、自分だけが何も知らないということに私はなんと無力なのだろうかと思った。
「アシェル殿下は……ご存じだったのですね」
自分はなんと役立たずなのだろうか。ただ一人で悩んでいただけで、何も出来ていない。
アシェル殿下は私の様子を見て慌てて言った。
「エレノア。本当にごめんね。でも……僕は、この事実を、エレノアに伝えたくなかったんだ。だって……もしエレノアが転生者じゃなかったら、自分が悪役令嬢だなんて……嫌でしょう?」
『エレノアは天使なのに、あ、ごめん。気を付けているんだけど。あぁぁぁ。恥ずかしい。本音がやっぱり漏れる。でも、いや、エレノアは可愛い天使だから……あぁぁごめん』
慌てた様子のアシェル殿下に、私はふっと笑みをこぼしてしまう。
私は無力な自分が嫌だけれど、アシェル殿下は、私の事を必要としてくれていて、そして大切にしてくれているのが伝わってくる。
私は気合を入れると、アシェル殿下の役に立ちたいと言う思いから、ダミアン様とオーフェン様と話したことについて、やはり嫌でも、相手に嫌悪されたとしてもやるべきだと思い口にした。
「アシェル殿下、私、先ほどダミアン様とオーフェン様と話をしまして、闇であるカシュを倒すためには、私が攻略対象者の方を誘惑した方がいいと思うんです」
「ん? うん。却下だね」
心の声が聞こえない。そして即座に却下されてしまった。
私をアシェル殿下は抱きあげると膝の上に乗せ、そして私の髪を耳にかけ、そしてその手は私の頬に触れた。
菫色の美しいアシェル殿下の瞳が、私の視線と重なる。
「アシェル殿下?」
最良の柵は、チェルシー様に負けないようにし、カシュをどうにかして倒すことだと思ったのだけれど、アシェル殿下は笑みを消して、私の頬に唇を寄せた。
突然の事に私は身を固くし、触れた唇の柔らかさに、心臓が爆発しそうなほどに脈打つのを感じた。
「あ、えっと、あの」
アシェル殿下は真っすぐに私を見つめて、それから今度は私の額へと唇を寄せる。
リップ音が聞こえ、それから私の頭を大きなアシェル殿下の手が優しく撫でる。
背筋が何だかぞわぞわとして、恥ずかしくて、私はドキドキと鳴る心臓の音がアシェル殿下に伝わるのではないかと思った。
これまで男性に触れられるのは嫌悪感しかなかったけれど、アシェル殿下に触れられたところが熱い。
「ほら、こんなにすぐに顔を赤らめて、瞳を潤ませるっていうのに……どうやって他の男を誘惑するの?」
『エレノア。僕だって怒るよ』
突然どうして怒ってしまったのだろうかと、アシェル殿下を見上げると、アシェル殿下が少しだけ眉を寄せ、私の手を取るとその指先に口づけた。
「本当に、可愛すぎるのも、鈍感すぎるのも罪だよ」
『エレノアは自分が魅力的で、美しくて、懇願して手に入れたくなるほどの女性であることを自覚した方がいい。僕は君を離すつもりはないよ。少しでも隙を見せれば、君は誰かに攫われそうで怖い』
攫われる?
私はアシェル殿下の婚約者なのに、誰に攫われると言うのだろうか。
それに、私が攻略対象者の好感度を上げないと、この世界はどうなるか分からない。
「ですが、あの、私が好感度を上げることで」
「エレノア。あのさ、多分みんな転生者は勘違いし散ると思うんだよ」
『まず間違いなく勘違いしているよ』
「え?」
意味が分からなくて私が首をかしげると、アシェル殿下は言った。
「現実的に考えてみて。好感度というものをあげて、カシュになんで勝てるの?」
『どうかんがえてもおかしいでしょう』
はっきりと告げられた言葉に、私は目が点となった。何故ならば、アシェル殿下の言うとおりだからである。
そもそも前回だって好感度など上げていない。
そして何より、好感度を上げたからといってカシュにどうして立ち向かえると言うのであろうか。
もしかしたらゲームの補正で攻略したキャラ達が何かしらの能力を発揮したり、ヒロインが光の力を目覚めさせてカシュを倒すなどの展開はあるかもしれない。
ただ、現状把握している攻略対象者達は地位の高い人ばかりで、実践に立つような人達ではない。
そして私は悪役令嬢で、ヒロインではないので光の力を目覚めさせるなんてこともないだろう。
私は目を瞬かせ、それから視線を泳がせてもう一度可能性はないか考えてみるものの、思いつかない。
そんな私の様子にアシェル殿下はくすりと笑みを浮かべる。
「ほら、思いつかないでしょう? 他の転生者達にもいろいろと話を聞いたけれど、僕はその略奪ハーレム乙女ゲームなるものを根底として考えているからだと思うよ」
『現実的に考えてさ、男性を魅了して心を奪ったからって、解決するものではないよね? それに、僕はエレノアが他の男に色目を向けるなんて、嫌だよ。むうぅ。ごめん。考えるだけで本当に嫌だ』
アシェル殿下の言葉に、私は確かにそうだなと思い至る。そしてそれと同時に、アシェル殿下のやきもちに、確かに自分もアシェル殿下が他の女性に目を向けると思うと嫌だなぁと思った。
たとえ演技だとしても、自分以外の人を見つめるアシェル殿下など見たくない。
独占欲。
今まで私は孤独だったというのに、今ではアシェル殿下がいてくれて、そしてアシェル殿下を独占したいとまで私は思っている。
「私も……私もアシェル殿下が、他の誰かを見るのは嫌です」
そう伝えると、アシェル殿下はきょとんとした顔をした後に笑った。
「うん。じゃあ僕達はお互いに独占欲が強いっていうわけだ」
『ふふふ。エレノアに独占してもらえるなんて、光栄なことだね』
私達はお互いに笑い合い、そして私は膝の上にせっかくいるのだからと、アシェル殿下の胸にこてんと頭をもたげて、少しだけと思いながらその心地よさを感じた。
『ちょっとまってぇ~。何それ。何それ。かーわーいーい!』
アシェル殿下の心の声は聞こえるけれど、私は今のこの心地の良い時間を満喫したくて少しだけ目を閉じて聞こえないふりをした。
だって、聞こえたと分かったら、アシェル殿下から離れないといけないかもしれないから。
ちょっとだけ。
私は不安が去り、心地の良い時間を過ごしたのであった。
カンザキイオリさんの曲が好きなので、よく、小説書きながら聞いています。聞くたびに心えぐってくる感じがたまらんです(●´ω`●)ちなみに今も聞いています。