十五話
ノアはその後一度ミシェリーナ夫人の屋敷へと帰るために馬車に乗り、町を抜けて草原を移動していた。
ミシェリーナ夫人の屋敷までは馬車で向かう。街中ではない為、ある程度の時間はかかる。
街を抜けて森を抜けたところに、ひっそりとミシェリーナ夫人の屋敷はある。
街の中には貴族たちが社交シーズンに主に使用されるタウンハウスなどもあるが、ミシェリーナ夫人は自然を愛し、静かな場所を好んでいた。
だからこそ、ひっそりとミシェリーナ夫人の屋敷は町はずれにたたずんでいる。
屋敷に帰ると、入り口でミシェリーナ夫人が使用人達と共にノアのことを出迎えた。
温かな雰囲気の屋敷であり、使用人達も、ミシェリーナ夫人もノアのことを手厚くもてなしていた。
「おかりなさいノア」
優しい人である。
ノアはミシェリーナ夫人の温かさに、これまでの苦しみを和らげることが出来た。
本当の母のように優しく、ノアの気持ちを尊重してくれる夫人に、ノアは心から感謝の気持ちを抱いていた。
「気を付けて。また落ち着いたらこちらへと帰ってきてね」
次の日、ノアは王城に行くために支度を済ませた後、ミシェリーナ夫人にそう声を掛けられた。
「はい。ありがとうございます」
本当に優しい人である。そうノアは思い、王城へと向かう馬車に乗り揺られていた。
しかし、馬車が森に入ったところで止まり、ノアは異様な気配を感じて身構えた。
「なんだ?」
人の気配ではない。
けれど全身の毛が逆立つようなその感覚に、ノアは眉間にしわを寄せた。
馬車の扉ががちゃりと開き、外から冬には似合わない生ぬるい風が吹き込んできた。
「出てこい」
声が聞こえ、ノアは身構えながら馬車の外へと飛び出た。
「ノア様ぁ~。お久しぶりですぅ~」
突然後ろから抱きしめられて、ノアはその腕を取ると、勢いよく前へと投げ飛ばした。
しかしそれを空中で羽を広げたチェルシーは体を反転させると、にっこりと微笑みを浮かべてノアの方を見て言った。
「まぁ酷い。ノア様って、本当に容赦がないのね」
「まさか」
驚いた表情を浮かべるノアに、チェルシーは言った。
「うふふ。さぁ~。ゲームが楽しくなっていくわぁ~」
にやりとチェルシーの口は三日月のように弧を描いた。
そして生縫い風の招待であろう黒いそれは、べちゃ、べちゃっ音を立てて黒いからだから舌を出すと、自身の体を舐めた。
「さてさて、うまくいくかどうか。お前で試してみようかぉ~」
楽しそうな様子のカシュに、チェルシーは寄りかかりながら言った。
「ああ。本当に楽しみだわぁ! ねぇ? カシュ様」
「まぁなぁ」
ノアは全身がまるで冷水を浴びたかのように冷たくなっていくのを感じたのであった。
◇◇◇
私はノア様がそろそろ王城に到着する頃だろうかと、時計へと目を移した。
ただ、心の中に何かが引っかかっており、私はペンと紙を出すと真っ白な紙をじっと見つめた。
心の中で残っているのは、チェルシー様の言葉。
アプリゲームのアップデート後。
もしもその言葉が正しいとしたならば、アップデート後とはどのようなことが起こるのだろうか。
略奪ハーレム乙女ゲームのアップデート後。
予想するにきっとアップデート後も同じような系統で男性達の心を虜にしていくのだろう。
では、ヒロインと悪役令嬢のポジションは?
私はそれを文字にして書きなぐりながら、チェルシー様と私の立ち位置は現在変わってしまったが、変わっただけと考えて、物語の進行を考えてみる。
簡単に言えばこの乙女ゲームは、ヒロインと悪役令嬢の男性の心奪い合い合戦である。そしてそうなる場合、奪い合う場所が必要になる。
私は、その時、自分の心に引っかかっていたことが分かった。
「奪い合う場所が必要ということは、どこかに皆が集まるということ、よね」
心臓が煩いくらいに鳴るのが、感じられた。
「アシェル様、ハリー様、ジークフリート様、ノア様……」
着実に今まさに、王城に攻略対象者達が集まってきている。私は攻略キャラを全て把握しているわけではないけれど、おそらく主要キャラクターはある程度決まっているのだろう。
そして、前回で言うならば後はエル様、獣人のリク、カイ、クウ。
この王城がまた、アプリゲームの舞台になるのだろうか。
けれどそれだと、ゲームとして少し前回と似通りすぎではないだろうか。
胸の中に不安が渦巻き、私は頭を振った。
「全て私の予想にすぎないわ。……でも、ちゃんと考えておく必要はあるわね」
私は紙の上に前回とは違うことを記入していく。
前回は黒幕としてナナシがいた。では今回の黒幕は、カシュになるのだろうか。
竜の力を手に入れたチェルシー様と、闇そのものと思われるカシュ。
その時、部屋をノックする音が響いて聞こえて、私はびくっと肩を震わせると小さく呼吸を繰り返してから返事をした。
「はい。どうぞ」
いったい誰だろうかと思っていると、そこにはアシェル殿下がいた。そしてその後ろには黒いローブを身に着けた身長の高い人と、もう一人、煌びやかな衣装を身に着けた男性が立っていた。
「エレノア。すみません。少し時間いいですか?」
『突然ごめんね』
私は痛い誰だろうかと思いながら、心臓が煩くなっていくのを感じた。
アップデート後の攻略対象者が増えるということも考えられるのだ。
私は机の上に広げた紙を片づけると、自分を落ち着けるためにも一礼し、そして顔をあげた。
「ごきげんよう。どうぞこちらへおかけくださいませ」
いったい誰なのだろうかと思っていると、心の声が聞こえてきた。
『わぁぁぁぁ。本物の悪役令嬢だ。怖い怖い。心を奪い取る悪女。でででで、でも。美人過ぎる! うわぁぁあ。もし、悪役令嬢のルートなら、ぼぼぼ、僕も、あああ、あんなことやこんなこと、わぁぁぁぁぁ!』
『うっそぉ。なんで悪役令嬢がまだここにいるのよぉ~。ヒロインちゃんはどこへいったのぉ? この世界って一体どうなっているわけぇ?』
個性的な人達が現れたなと思うと同時に、私は緊張していた。
悪役令嬢、ヒロイン。
つまりこの二人は、この略奪ハーレム乙女ゲームを知っているという事だ。
ナナシの一件もある。
この二人が敵か味方か、私は身構えたのであった。
最近甘い物ばかり食べてしまう(●´ω`●)そう言いつつ、しょっぱいものも食べてる(/ω\)