七話 釈然としない
心の声って、皆の声が全部聞こえたら実際すごそうですよね。
温かな毛布を肩から掛けられ、手には甘いココア。
私は、アシェル殿下と向き合って座りながら、伺うように、視線を向けた。
先程から不思議なことに、アシェル殿下から一切心の声が聞えない。その代りなのか、側近であるハリー様の方からは煩いくらいに聞こえて来ていた。
『ぼん、きゅ、ぼーん』
「殿下、エレノア嬢が待っていますよ」
顔は平然としているのにもかかわらず、頭の中はそればかりなのかと私は思う。
たまにハリー様のように、頭の中では意味のないことばかりを考えて、ちゃんと考えるべきことは口に出す人間がいる。
ハリー様はその最たる人である。
その時、アシェル殿下がゆっくりと口を開いた。
「エレノア嬢」
『あぁぁーーー。はぁ、きっとエレノア嬢の方が大変なのに、僕の方が落ち込んじゃったよ。これじゃあダメだ』
「はい」
アシェル殿下と私はしばらく見つめあい、そして、アシェル殿下は言った。
「ここは、安全です。エレノア嬢のご両親には、私の方から連絡しておきます。今日はここに泊まり、ゆっくりして行ってください」
『今の状態で家に帰すのは心配だし、とりあえず、今日はもうゆっくりしてもらおう』
「え? ですが、ご迷惑では」
私は驚いてそう言うと、アシェル殿下は困ったように微笑みを浮かべた。
「私が、心配なんです」
『こんなことがあっても、甘えてくれないのかぁ……僕はまだ頼りないんだろうな。うん。よし!気合をいれて、エレノア嬢に頼ってもらえる男にならなきゃね!』
その言葉に、私は顔が火照るのを感じた。
「殿下は……私が、男性を誘惑したとか、思わないのですか?」
思わず私は口にしていた。
けれど、口にしてから後悔する。もしこれでアシェル殿下が内心でどう思っているのか、私を淫乱だと思っているとしたら、私はそれが怖くなった。
「……エレノア嬢、私はそんなこと思いません」
『もしかして、エレノア嬢はそんなふうに、よく言われるのかなー。なんだそれ、誰が言ったんだろう。女性のエレノア嬢が、男性の力に勝てるわけないのに……そんなこと……言われて、どれだけ辛かっただろう』
アシェル殿下は静かに私の隣へと移動すると、私の手を優しく握った。
「エレノア嬢。私には貴方が可愛らしい女性にしか見えません。とても男性を誘惑する様な、そのような女性だとは思っていませんよ」
『僕はそんな風に思わない。ちゃんと、伝わるといいんだけれど。僕にとってエレノア嬢はとても可愛らしい人だし、どういったら、伝わるかなぁ』
私は顔まで真っ赤になるのを自分で感じながら、視線を泳がせた。
「あ、えっと、その」
何と返せばいいのだろう。
『わぁぁぁ。顔真っ赤。こんなに可愛らしい人が誘惑したとか、ふふっ。なんだろうなぁ。でも、こんな可愛いエレノア嬢が見られるのは僕だけって思うと、得した気分だなぁ。やったねぇ』
私は初めて、心の声が聞えて、こんなにも恥ずかしく感じた。
直接的な男性の性的な視線にさらされることはあっても、こんな風に純粋に言われることはないために、免疫がない。
「えっと、あの……」
「エレノア嬢? ふふ。本当に可愛い人ですね」
『可愛いなぁ。うん。この可愛いエレノア嬢を守るためにも、ちゃーんと、僕がしっかりしないとね!』
「い、いえ」
私は、可愛いのはアシェル殿下の方なのにと、内心思いながら、何となく、釈然としない思いをしたのであった。
「私はその他の手配をしてまいりますので。では、失礼いたします」
『ぼん、きゅー、ぼーん』
最後まで、ハリー様の頭の中が変わらなかったことに、私は内心苦笑を浮かべた。
ぼん、きゅ、ぼーーーーん。ハリーが好きな人はいますか?
お好きな方は、評価とブクマをぽちっとしてしまうそうですよ。うそです。ごめんなさい。