十話
「お義姉様! 偶然ですね! 会えて嬉しいです!」
『お!? 今ならぎゅーってハグしても怒られなさそう!』
私は困った子だなと思いながらも、アシェル殿下にそっくりな可愛らしい容姿に、両手を広げられれば、受け止めてあげたいと思ってしまう。
まだ子どもであるしいいかと、私は駆けてきたルーベルト殿下を抱きとめた。
「へ」
『え? うそ。え? ほ、本当にぎゅってしてくれてる!?』
日傘が落ちて、風に飛ばされた。
心の中で照れ始めたルーベルト殿下に、やはりアシェル殿下と同じ血が流れているのだなと似ている部分を見つけて笑ってしまった。
「ふふ。ルーベルト殿下はアシェル殿下によく似てらっしゃいますね」
早くアシェル殿下に会いたい。どうして会えないのだろうか。もしかして避けられているのだろうか。
「え? へ? えっと、あ、うん」
『ぎゅって、え? あああああ。やばい。恥ずかしい。だめだ。これ。わぁぁぁぁ』
可愛らしい心の声に、やはりまだまだ子どもなのだなと思いながら頭を撫でた。
「え、エレノアお義姉様……その、恥ずかしくなってきました。あの、何かあったのですか?」
『幸せだけど、恥ずかしい……それにしても、寂しそうだけど、兄上と何かあったのかな?』
「すみません。ついルーベルト殿下がアシェル殿下にそっくりで可愛らしくって」
するとルーベルト殿下は頬を膨らませた。
「僕は兄上ではありませんよ? まぁ、役得ではありますけどね」
『あー。なるほどなぁ……兄上、今忙しそうだから。けど、婚約者に寂しい思いをさせちゃだめだよねぇ。うん! よーし、なら僕が思いっきり甘えよう』
私は弟って可愛いのだなぁと思いながら、思わずまた頭を撫でまわしてしまった時あった。
「ルーぅぅぅぅ!」
『こらぁぁぁぁぁぁ!』
「あ」
『やばぁぁ! いや、これは、だって、あぁぁぁあぁ』
王城の建物の方からすごい勢いでアシェル殿下が走ってくるのが見えて、私は思わずぱっと顔を明るくした。
久しぶりに会えたのが嬉しくて、ただ、どこか心の中に不安もあった。
「アシェル殿下!」
私はルーベルト殿下から離れると、アシェル殿下の胸に飛び込んだ。
「え?」
『エレノア!?』
はしたないかもしれないけれど、本当に久しぶりで、会えたことが本当に嬉しかった。
私はぎゅっと抱き着きそれから顔をあげるとアシェル殿下に言った。
「お仕事、忙しいのは分かっているのですが、寂しかったです」
心の声を私はいつも聞いている分、自分の気持ちも素直にアシェル殿下に伝えようと思っていた。
だから素直に伝えたのだけれど、アシェル殿下はそう告げた瞬間に自分の両手で顔を覆って天を仰いだ。
「う……」
『可愛い。だめだ。堪えられない。可愛すぎる!』
アシェル殿下の心の声が聞こえたことに私はほっとしながら、ぎゅっとアシェル殿下を抱きしめた。
こうやって肌が触れると分かる。
私は、寂しかったのだ。本当に。
「エレノア、すみません。私も寂しかったです。本当は会いたかったし、話したかったです。ですが、緊急の機密案件があって、すみません」
『僕だって、エレノアに会いたかったよ! 僕だって寂しかったよ! ごめんねぇ』
アシェル殿下もぎゅっと抱きしめ返してくれて、心の中にあった不安が溶けていくようであった。
そう思っていた時、ゆっくりとルーベルト殿下がその場から去っていこうとしていることに気が付いた。
「ルーベルト」
『何、逃げようとしているのかな?』
「は、はい!」
『わぁぁ。兄上。嫉妬深い男は嫌われるぞぉ?』
私は心の中のその二人のやり取りに笑ってしまった。
ルーベルト殿下はにっこりと笑うと言った。
「だって二人でいちゃこらしたいんでしょう? 僕はお邪魔でしょう?」
『僕はお義姉様にぎゅってしてもらえたから満足!』
私はその言葉に恥ずかしくなってアシェル殿下から離れようとしたけれど、ぎゅっとアシェル殿下に抱きしめられ、胸がときめいてしまう。
「後で話をしよう。楽しみにしているといい」
『ふふふ。エレノアに抱き着くの、狙っていたの気づいているんだからね! はぁ。まぁエレノアが嫌がっていないなら、我慢するけれどさ』
久しぶりに聞こえるアシェル殿下の心の声がとても心地よくて、私はアシェル殿下が手を離さないことをいいことに、そのままぎゅっと引っ付いていた。
本当はもっと引っ付いていたい。
ちょっとだけでいいから、このまま甘えてもいいだろうか。
「あー。本当にお邪魔虫なので、では退散します!」
『わぁぁ。お義姉様甘えている。かっわいぃ~。あー。兄上がうらやましい!』
ルーベルト殿下はそういうと走って城の方へと帰って行ってしまった。
アシェル殿下はそれを見送ると小さく息をついてから、私の方に向き直ると言った。
「突然、すみません。やっと仕事が一段落ついて、それで……エレノアに会いたくって来てしまいました」
『機密については……詳しく話せないけどごめんね』
「お忙しいのは分かっています」
ぎゅーっともう一度抱き着いてしまう。
こうやってぎゅっとしておけば、アシェル殿下の温かさが伝わってきて、すごく幸せな気持ちになれる。
不思議だけれど、今まで感じていた不安が一瞬で消えていったのであった。
私とアシェル殿下はガゼボへと移動すると、侍女にお茶を入れてもらい、久しぶりに一緒に過ごすことが出来るということであった。
アゼビアについて私が手紙で知らせた事についてはかなり問題視され、さらにアゼビアにて現在異教徒が大々的に撲滅に向けて粛清されていっているのだという。
異教徒の信仰しているものは悪魔であり、アシェル殿下は難しい顔を浮かべると言った。
「エレノア。おそらく妖精達が話していた例の存在の事だと思います」
『アゼビアは現在異教徒狩りが行われるほどに荒れていてね、実のところ、凄惨な内容も多かったから、出来るだけエレノアには心の声が聞こえないように気を付けていたんだ』
その言葉に、私はそういう事があったのかと思っていると、アシェル殿下は私の手を取り言った。
「これからしばらく大変なことが起こるかもしれません」
『エレノア。もしかしたら、他人からの声に、驚いたり怖い思いをしたりすることがあるかも。ごめんね……僕だけでも心の声を聞こえないようにしないとと思ったんだけど……今回のアゼビアの情報については、いずれ君の耳にも届くと思うから……』
私の為だったのか。
確かに、宗教とは恐ろしい物も中にはあり、異教徒は残忍なことをしていたり、内容が女性の前では話せないようなものもあるだろう。
私は、アシェル殿下の手を握り返すと、少し考えてから口を開いた。
「アシェル殿下……」
「なんだい?」
『エレノア?』
「私、アシェル殿下と会えなくて、寂しかったです。それに……聞こえないことがこんなにも不安なのだと、初めて気づきました」
「え?」
これまでは聞こえることが怖かった。
人から向けられる視線と、外面と違いすぎる内面の声。
心の声は私にとっては恐怖であった。
けれど、アシェル殿下と知り合い、信頼関係を築いていくうちに、私にとってはそれが恐怖ではなくなっていった。
「どんなに恐ろしい内容でも、アシェル殿下の声を聴きたいです。聞こえないのは……怖いことだと知りました。私はアシェル殿下の声を聴いていたいんです……」
「エレノア……不安にさせたのですね。すみません」
『ずっと不安にさせてごめんね。緊急性が低ければよかったのだけれど、すぐに対処しなければならないことが多かったから、本当にごめんね』
私は頷きながらも、アシェル殿下の心の声が心地よくて、ずっと聞いていたいなと思った。
けれど、そんな平穏が続くことはなかった。
次の瞬間、目の前が真っ白になった。
皆さん、毎日朝起きられて偉い! 冬になると、本当に朝起きるのが嫌になるんですよ。皆ちゃんと起きられてえらい!(^^♪