九話
私はハリー様に促されて移動し、あの後二人がどうなったのかは分からない。
ただ、問題が起こったのは間違いがなく、それをアシェル殿下が私に聞かせない為に、心で考えないようにしていることは分かった。
あの時、ジークフリート様が心の中で考えていたことについては、アシェル殿下に手紙を書き、それで伝えている。それに対しては調べてみるという返事があった。
ただ、あれいらいどうなったのかについては、分かっていない。
その後、私は入浴を済ませて軽食を食べた後、侍女に下がってもらい、私は部屋の中で一人小さくため息をついた。
「……聞こえないことがこんなに不安なんて思ってもみなかった」
アシェル殿下にはきっと考えがあっての事。それは分かっているのだけれど、入浴中も食事中も、そればかりが頭の中でぐるぐると回ってしまった。
不安な気持ちばかりが膨らんで、早くアシェル殿下と話をして、この不安を払しょくしてほしいと思ってしまう。
けれど、その後アシェル殿下ご会える機会はなく、時間だけが過ぎていった。
腕の痣については普通の医者や呪術に詳しい者に見てもらったが結局何か分からずじまいであり、様子を見ていくしかないだろうと言われた。
そしてアシェル殿下はと言えば、どうやら何か問題に対処しているらしく、会えない日々が続いた。
季節が少しずつ進み、窓の外を見れば木々の葉は落ち、そして風も冷たくなってきた。
暖炉に火が入れられるようになり、私は部屋の中で本を開きながらため息をついた。
あれからジークフリート殿下はアゼビア王国へと帰ったことを聞いた。アシェル殿下も関わっているようで、噂話で侍女達が心の中で手紙のやり取りがある事を呟いているのを聞いた。
アシェル殿下の事を他人越しに知ることは、あまり喜ばしいことではなかった。
「はぁ……アシェル殿下に会いたい」
つい願望が口から洩れてしまう。
私はこのままうじうじと悩んでいても気分は変わらないと、気分転換もかねて図書館へと行くことにした。
ジークフリート様が来なくなったことで、以前よりも落ち着いて本を読むことが出来る。
私は侍女を連れて部屋を出ると、図書館へと足を踏み入れた。
そして本の匂いを胸いっぱいに吸って、今日はどんな本を読もうかと考えた時であった。
「エレノア嬢?」
『まさか……』
「え?」
顔をあげると、図書館の階段を上がった二階に、ノア様が立っていた。
なぜこんなところにいるのだろうかと、思った時であった。
一人のご婦人がノア様の横に立っていることに気が付いた。
ほっそりとした体形、美しく束ねられた髪の毛。切れ長の瞳が私の事をとらえた。
「お久しぶりでございます。ミシェリーナ夫人」
そう告げると、ミシェリーナ夫人は笑みを浮かべると、優しげな声で返事を返してくれた。
「ごきげんよう。エレノア様。図書館にはよくいらっしゃるのですか?」
『うふふ。ノア様が嬉しそうねぇ。ふふふ』
嬉しそうだろうか? 表情なども変わらず、あまり嬉しそうな様子は見られなかった。
ただ、私は以前ジークフリート殿下が言っていた言葉が脳裏をよぎり、ミシェリーナ夫人は関わっているのだろうかと、疑ってしまう。
「はい。今日は、ノア様も一緒に? 何かあったのですか?」
「えぇ。ちょっと、私の母国であるアゼビアで色々あったようでして、アシェル殿下にお目通りを願っているのですが、少し時間があるのでせっかくですからノア様にもこの図書館を紹介しておこうと思いまして」
『ノア様は本を読むのが好きなようですからね』
アシェル殿下と話があるということは、もしかしたらアシェル殿下はアゼビアでのことを把握し、ミシェリーナ夫人に確認しようとしているのかもしれない。
まるで実の息子を相手にするような視線をミシェリーナ夫人はノア様に向けており、ノア様も優し気な表情でミシェリーナ夫人を見つめていた。
よかった。
以前はどこかとげとげしかったノア様の雰囲気が、ミシェリーナ夫人のおかげだろう。かなり柔らかくなっているように感じた。
「そうだ。エレノア様。よければノア様の案内をお願いできませんか? 私よりも、エレノア様の方がお詳しいでしょう?」
『ノア様、喜ぶかしら』
どういう意味だろうかと思いながらも、私はすぐに了承した。
「もちろんですわ。ノア様、どのような種類の本がお好みですか?」
この図書館の本のことならば、司書の方同様に詳しくなってきたと自負している。
役に立てるのであれば、喜んで紹介したい。
私がそう意気込んでいると、ノア様は困ったような視線をミシェリーナ夫人に向けるが、ミシェリーナ夫人は楽しげに笑っているだけだ。
「では、よろしく頼む。実は……アゼビア王国についての本を探しているんだ」
『ミシェリーナ夫人……変な気は回さないでほしい』
アゼビア王国の本であれば、奥の棚にまとめられているはずだ。
私も読んだことのある本もあるので、それも紹介してみようと私は思ったのであった。
ノア様は相当な読書家のようで、私が紹介した本も読んだことのあるものが多かった。けれど王城にしか置いてない本もあるのでそちらは興味深そうにしていた。
私は内容をかいつまんで話すと、ノア様は頷きながらその内容に関して質問を投げかけてくる。
そのやり取りは楽しく、読んだ本を共感できる相手がいるというのはいいものだなと私は思った。
まるで友達のようだ。
私は楽しくなって、おすすめの本を積み上げてはノア様と話をし、そしてノア様からもおすすめの本を教えてもらった。
「ノア様ありがとうございます。おすすめするつもりが、おすすめしてもらってしまって」
「いや。俺もこうして本の話が出来て嬉しかった。こうやって話せる相手はいなかったからな」
『懐かしいな。かつては友と語らったこともあったが……』
ノア様の寂しそうな笑顔に、私は意を決すると言った。
「あ、あの」
「なんだ」
『? なんだ? そんな、瞳で……なんで見つめてくる?』
「お友達に、なりませんか?」
「ん?」
『友達? 友? ……友、か』
だめだろうかと考えていると、ノア様は私の頭を大きな手で優しくぽんと撫でた。
「もちろんだ。エレノア嬢」
『そうだな。友になれるならば、光栄なことだ』
その言葉に私は、嬉しく思った。
こうやって読んだ本を共感してくれる友達がいることは今までになかったことで、ついはしゃいでしまう。
「嬉しいです。あの、私、こうやって話せる友達がいたことなくて、だからノア様と話せてとても楽しいんです」
そう伝えると、ノア様も笑ってくれた。
「あぁ。俺も嬉しい」
『友達か。なんとも、くすぐったくなるな』
私達はしばらくの間、本について語らい、そしてその後、ミシェリーナ夫人とノア様は別室に呼ばれた。
「今日はありがとうございました」
ノア様はまた私の頭を優しくぽんっと撫でた。
「あぁ。こちらこそありがとう」
『友達でいい。友達ならば、いつでもエレノア嬢の助けになれる。アシェル王子とエレノア嬢を祝福する立場に、俺はいたい』
私は優しいノア様の言葉と、友達が出来たという事に、少し浮かれてしまっていた。
この時のこと言葉が、後にノア様を苦しめるなんて、その時の私は思ってもみなかった。
アシェル殿下と話が出来ないまま、私は悶々と過ごしていたのだけれど、あまりにも会えないものだから、私は思い悩む日が増えてしまった。
妃教育については順調に進んでおり、問題ないのだけれど、ふと気が付けばアシェル殿下について考えているのだ。
私は侍女に一人にしてほしいと、日傘をさして庭を歩いていた。
季節は冬の一歩手前。
庭も寂しくはなっているものの、それでも美しく整えられていた。
「あれ? エレノアお義姉様?」
『ありゃ? 一人でどうしたんだ?』
振り返るとそこにいたのはルーベルト殿下であり、こちらに向かって手を振りながら駆けてくるのが見えた。
冬場になると鍋の回数がぐんと増えます。それと同時に体重もぐぅぅぅんと増えている気がします。気のせいですかね?(*'ω'*)