八話
陽だまりの中にいるような温かさに包まれ、気が付くと、元の場所へと帰っていた。
『殿下! ぼん、きゅ、ぼーん!』
慌てた様子のハリー様はそう心の中で声をあげ、こちらへと向かってくるのが見えた。
「お二人ともご無事でなによりです!」
ハリー様は私達の様子を見てほっとした様子であり、こちらへと急いで走ってくると言った。
「本当に良かったです。国王陛下からは、妖精の国から招かれたと連絡があったとは聞いていたのですが、本当にご無事でよかったです」
目の下には隈が出来ており、アシェル殿下の仕事までおそらく出来ることはやってきたのだろう。
この一日でげっそりとした印象を受けた。
「とにかく、まずはゆっくりお休みください。はぁぁ。本当にご無事でなによりです」
ハリー様は安心したのだろう。すぐに侍女を呼び私は部屋へと一度下がることになった。
アシェル殿下はというと、ハリー様に大量の書類を手渡されていた。
「ゆっくりお休みくださいっていわなかったか?」
『えー。すごい量だな。まぁ、想像していたよりは少ない、けど。はぁぁ。ずっしり感がすごいよぉー!』
アシェル殿下には甘くないハリー様であった。
ただ、アシェル殿下はハリー様に私の腕に出来た痣について話をすると、魔術や呪い、痣について詳しい者達に連絡を取ってくださるという事になったのだった。
◇◇◇
エレノアとアシェルが妖精の国へと招待された頃、ジークフリートの元には緊急で自国から手紙が届いていた。
その内容についてジークフリートは確認を取るためにアレスと共にサラン王国内部で調査を進めていたのだが、いよいよ現実的に厳しい直面へと差し掛かりつつあった。
もしこれが確実なものなのであれば、自国にとってかなりの問題となるであろう。
出来るだけ早急に事態の収拾をしなければならない。
ジークフリートの頭のすみでずっとエレノアは大丈夫だろうかという心配が過るが、現在は私的な心配事に向ける余裕はなかった。
数日後、やっと事態の全容が見えてきたが、それは決して良い知らせではなかった。
「どうなさいますか?」
アレスからの問いかけにジークフリートは大きくため息をつき、ソファへと一度腰を下ろすと、考え込むように手を組んで目を閉じた。
頭の中で様々なことを考えながら、ゆっくりと瞼を開けたジークフリートは、天井を見つめると小さな声で言った。
「一度国へ帰るぞ」
「了解いたしました」
そう答えてから、ジークフリートはソファから立ち上がると、扉へと手をかけ外に出ようとするが、立ち止まった。
「……はぁ。だめだな。すぐに出立する。サラン王国の国王へは緊急事態の為挨拶も出来ずに申し訳ないと、また連絡をするとの旨を伝えろ。突然面会も出来ないだろうからな」
「かしこまりました」
仕方がないことだ。
そう思いながらも心の隅で、もうこの国には戻ってこられないかもしれないという考えが過る。
出立前に、最後に一目だけ。
ジークフリートの様子に、アレスは静かに言った。
「先ほどアシェル殿下とエレノア様が妖精の国より帰還されたとの報告を受けました。今であれば、エレノア様はまだ庭にいるのではないかと、思われます」
自分の気持ちを見透かしているかのようにそういうアレスをジークフリートは睨みつけるが、大きくため息をつくと立ち上がった。
「少し、外の空気を吸ってくる」
「かしこまりました」
何も聞かずにアレスは下がり、ジークフリートは部屋の外へ出た。
長い廊下を通り、外へと出ると遠目に大量の書類を手にしたハリーとアシェルの姿をジークフリートはとらえた。
そしてそこから反対側へと視線を向ければ、エレノアが侍女と共にアシェルを見送る姿があった。
侍女達はエレノアを取り囲み、心配するように声をかけていた。
◇◇◇
『エレノア嬢……よかった。無事か』
少し離れた位置から、ジークフリート様の声が聞こえて、私はどうしたのだろうかと思っていると、声が続いて聞こえた。
『はぁ。だが……仕方ない。一度アゼビアへと帰るしかないだろう。あれが蘇ったという兆候があり、その上、うちの国がかかわっているかもしれないのだから』
その言葉に、私はあれというのが闇や悪魔と呼ばれる存在ではないかという点、そしてもしこれがゲームのアップデート後なのであれば、ジークフリートもまた、関わってくるだろうという事を考えた。
私は何か情報があるだろうかとジークフリート様の方へと視線を向けた。
『あ……やばい。なんだ、心臓が煩い』
その言葉に、私は図書館でのジークフリート様の様子とアレス様の声を思い出し、やはり近づくのはやめた方がいいだろうかと一歩下がる。
けれど、何かしらの情報があるのであれば、聞いておきたい。
『自然に、よし、自然にだ』
心の声に続いて、ジークフリート様がこちらに手をあげるのが見えた。
「こんにちは。心配していたんです。その、無事に帰って来れてよかった」
『あれ、僕は、エレノア嬢とどういうふうにしゃべってた? はぁ。こんな風になるなんて意味が分からない。大丈夫だ。僕はかっこいい。僕に話しかけられて嫌な思いなんてしないだろうから、自信を持て』
相変わらず自己肯定感が高いなと思いながら、私は歩み寄ってくるジークフリート様に頭を下げて会釈をした。
「ごきげんよう。ジークフリート様」
「あ、あぁ」
『くそ……可愛いな。あぁ。なんだこれ。可愛い』
私は頭の中で首をかしげざるを得ない。
私の感覚で言えば、突然なんだかキャラが変わったような印象を受ける。
以前までは、僕に惚れない女なんていないだろうくらいの勢いがあったけれどそれが薄れている。
「妖精の国に言っていたときいたけれど、大丈夫でしたか?」
『妖精の国か、はぁ。どうせならアゼビアに来たらいいのにな。妖精の国よりも好待遇で接待するのに』
アゼビアは豊かな美しい国だと聞く。
いつかアシェル殿下と一緒に行ってみたいなと思うけれど、今はそれを聞きたいわけではない。
「はい。妖精の国はとても賑やかで。突然の事で驚きましたが、無事に帰って来れてよかったです。あの、どうしてこちらに? 今からどこかへ行かれるのですか?」
そう尋ねると、ジークフリート様は言葉を一度飲み込むような仕草をした後言った。
「実は国に帰ることになりまして。突然の事で正式に挨拶も出来ないままなのですが、緊急を要しまして」
『はぁぁ。竜の国を亡ぼしたナナシの協力者がアゼビアにいるだなんてこと、知られたらまずいな』
衝撃的な事実に私は顔に出さないようにしながら尋ねた。
「緊急、ですか。何か問題が起こったのですか?」
「いえ、とりあえずは状況把握の為に帰るだけですから」
『確かサラン王国には宰相の妹が嫁いでいるな。はぁぁ。そちらも調べたいところだが、どうしたものかな』
私は頭の中でアゼビアの宰相様の名前を思い出し、それから妹という話から背筋がぞわりとするのを感じた。
アゼビアの宰相オレディン・ノーマン様の妹と言えば、ミシェリーナ夫人ではないか。
背筋が寒くなっていくのを感じながら、動揺を見せないようにしていた時であった。
「エレノア!」
「え?」
振り返ると、ハリー様と仕事に戻ったはずのアシェル殿下がこちらに向かってくるのが見えた。
何か急いでいる様子であり、手には書類の束が握られていた。
「すみません。エレノア。ジークフリート殿と話があるので席を外してください」
突然そう言われ、アシェル殿下はジークフリート様の方へと向き直る。
「え?」
私はじっとアシェル殿下を見つめるが、心の声が聞こえない。
何故だろうかと思っていると、ハリー様の声が聞こえた。
『ぼん、きゅ、ぼーん』
「エレノア様。申し訳ございませんが、一度移動をお願いいたします」
『え? アシェル殿? あぁ。もう情報を掴んだのか。あぁ。せっかくエレノア嬢と話が出来たのに。もっと話がしたい……だめだよな。目に焼き付けておこう。貴方の美しいその姿を』
普通の令嬢であればそんなことを思われれば、嬉しく思うのだろうか。
それを怖いと思ってしまう私は、普通とは違うのだろうか。
ジークフリート様が悪いわけではないのに、心の声が聞こえるから悪くもない人を怖がってしまう。
以前まで声が聞こえることが嫌だと思うことばかりだった。でもアシェル殿下に出会ってからそれが変わった。
けれど先ほどからアシェル殿下の心の声が全く聞こえない。
何故だろうかと思っていると、アシェル殿下が笑顔で言った。
「エレノア。また後程話をしますね」
これは、現状では話すことが出来ないという意味だろう。
けれどここまでアシェル殿下が心の声を閉ざすことは初めてで、私は言いようのない不安を覚えた。
聞こえない、ということがこんなに不安になるだなんて思ってもみなかった。
小さな頃は、雪が降ればいいのに! そしたら絶対に楽しいのに! って思っていたのに、大人になった今は、雪が降ったら大変だなぁって思いながら雪だるまつくりに行きますね(*´ω`*)
読者の皆様、書籍買ってくださった皆様ありがとうございます!本当にありがとうございます!