六話
そんなやり取りをしたのだけれど、私は自分の手の中にある壺を使う機会が、エターニア様の言った通り来なければいいなと、先ほどの事を思い出しながら思った。
「エレノア? 大丈夫? 顔色が悪いよ?」
その言葉に、私は横にいたアシェル殿下の胸に寄りかかるように、頭をもたげた。
『っは!? か、可愛い……あ、ごめん。つい……あぁぁぁぁ! 心の声ってどうしようもない! ごめんね!』
顔を赤らめてアシェル殿下が心の中で悶絶しているのを聞いて私は笑ってしまう。
「ふふ。すみません。なんだか気を遣わせてしまって」
「いや。ごめんね……はあぁぁ。僕ってなんでこう、格好がつかないのかなぁ。エレノアの前でこそ、かっこいい王子様でいたいのになぁ」
その言葉に、私は首をかしげる。
「かっこいいですよ? 私が知る中で、アシェル殿下は一番かっこいい人です」
アシェル殿下の動きが、ぴたりと止まった。
『だめだよぉぉぉ。あぁぁぁ! もう。可愛い。はぁぁ! これを言葉にするなんて、僕には無理だ! ごめん! 心の中で叫ばせて! かーわーいーい!』
可愛いのはアシェル殿下の方であると、私はいつも思ってしまう。
私達は妖精の国の宴の席についていた。とはいっても、妖精達はすでにどんちゃん騒ぎでり最初こそ客人としてもてなされていたが、今では放置である。
エターニア様もユグドラシル様と共にその中心となっており、楽しそうに踊っていた。
エターニア様からは、私からは良い香りがするのだということを聞いた。
闇は光を求め彷徨う生き物である。だからこそ、私から漂う香りに惹かれてやってくるだろうと、だから気をつけろと忠告するために呼んだのだと言っていた。
それを聞いて、私は、嫌な予感が頭をよぎっていた。
私が転生したのは、アプリゲームの世界である。
今まで考えもしなかったけれど、ゲームにはアップデートというものがある。新しくゲームの新章が開くという可能性があるのだ。
闇が現れチェルシー様を攫った。これは、ゲームの物語の始まりとも考えられる。
「考えすぎ……かしら……」
そう思いたかった。けれど、そう思わずにはいられなかった。
「エレノア」
名前を呼ばれて顔をあげると、アシェル殿下に頭を優しく撫でられる。
「そんな顔をしないで。大丈夫。何があっても僕が君を守るから」
『わぁぁぁ。台詞クサいよね。でも本当にそう思っているんだよ?』
かっこいいのか可愛らしいのか。
私はアシェル殿下の言葉がとても嬉しくて笑顔で頷いた。
「はい。アシェル殿下を信じていますわ」
私は嘘偽りなくそう答えたのだった。そして、私は今こそ腕の痣について話すべきだと考え、アシェル殿下に言った。
「話したいことがあるのです」
真っすぐにアシェル殿下を見つめると、アシェル殿下はすぐに頷き、二人で静かな場所へと移動する。
遠くから妖精たちの声や音楽が聞こえた。
どんちゃん騒ぎが遠くなったからか、虫の音が先ほどよりも響いて聞こえる。
「エレノア。話って、何があったんだい?」
真剣な表情に、私は静かに両手を差し出すと、手首を見せて言った。
「……チェルシー様が、私の元へやって来たんです」
「え?」
私は状況を事細かに伝え、もしかしたら夢かもしれないとも伝えた。
けれど、手首には確かに痣があった。
アシェル殿下は私の手首をじっと見たのちに、静かに言った。
「エレノア。体調などに変化はないんだよね?」
『詳しくは王城に帰ってから調べるしかない』
「はい……でも、もしかしたら私の、勘違いかも」
「エレノア」
「え?」
顔をあげてアシェル殿下を見ると、少し怒ったような悲しんでいるような表情をアシェル殿下は浮かべていた。
「これから何かあった時、絶対にすぐに教えてほしい」
『……僕が悪い。エレノアに気を遣わせてしまっていたんだよね』
その言葉に私は慌てて首を横に振ったけれど、アシェル殿下は、はっきりと言った。
「僕達はこれからずっと一緒にいるパートナーだよ。僕にとってエレノアは大事な人。だから、悩んだ時はすぐに話して。時間なら作るから」
『遠慮なんていらない。きっと、思い悩んだよね……僕は、一人で悩まないでほしい』
私はこれまでの人生でずっと一人きりだったから、頼るということをしてこなかった。
だから、アシェル殿下の迷惑になってはいけないと思っていた。
頼ることは迷惑をかけることだと、思っていた。
「私……ごめんなさい。本当は、ずっと不安だったんです。でも、アシェル殿下がお忙しいのが分かっていたから」
「うん。エレノアは優しいから。でもね、いいんだよ。僕を頼ってほしい。迷惑なんかじゃないから」
『迷惑なんて思わけがない』
今まで私にそんなことを言ってくれる人なんて、誰もいなかった。
お母様には、迷惑をかけることを恥じろと言われたことがある。
お父様には、頼ることは自分が未熟だからだと言われたことがある。
自分の根本にある、両親の言葉が打ち砕かれたように感じた。
「……はい」
アシェル殿下は私の事を優しく抱きしめた。
心臓の音が聞こえる。
抱きしめられる心地よさを知ってしまった私は、もう一人には戻れそうにない。
私は小説を書くのが好きなので、次はどんな小説書こうかなぁってよく妄想しています(●´ω`●)
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