一話
プロローグは短かったので、一話も同時投稿です!
『ぼん、きゅーー、ぼーーーん』
聞こえてくるその心の声に、親しみを覚える程身近になるなんて、以前の私ならば考えられもしなかっただろう。
アシェル殿下の横にいるハリー様は真面目な顔をしながら書類を確認しており、その外見からは私の事を頭の中で“ぼん、きゅ、ぼーーーん”などと呼んでいるようには見えない。
いつか、その呼び名を改変してもらえないかお願いをしたい。ただ今の所その方法を見いだせていないので、アシェル殿下にも相談しつつ、見つけていきたい。
乾いた風が吹き抜け、私の髪を揺らす。秋の風はどこか物悲しくて、ほんの少しの別れだと言うのに、胸を切なくさせる。
赤く美しい髪が風に揺れる。
紫色の宝石のようなその瞳で見つめられれば私の胸はうるさくなる。
アシェル殿下の見た目は本当に整っており、携える微笑みに胸を射抜かれない女の子はいないのではないかと思ってしまう。
そして、本当に可愛らしい人だ。
「エレノア。気を付けて行ってきてくださいね」
『あぁぁぁ。一週間だけだってわかっているのに。むぅ。寂しい。エレノア……本当に気を付けていってきてね』
王城で生活をするようになってから毎日顔を合わせてきた。だからこそ、たった一週間実家に帰るだけなのに本当に寂しく感じた。それが自分だけではないと分かって、私はほっとした。
こんなに一緒にいて心地の良い人、そして離れたくないと思える人に出会えるなんて思ってもみなかった。
チェルシー様との一件があってしばらくたち、私達には平穏が訪れていた。
心の声が聞こえることについて、アシェル殿下は受け入れてくださり、そして、結局のところ他者の目があるので、二人きりの時以外はアシェル殿下のイメージを損なわない為にも、これまで通りにすることにしたのだ。
表面的にはアシェル殿下はいつもの丁寧な言葉で話をし、そして心の声は自由にしてもらっている。
私自身、アシェル殿下の心の声ならば、聴いていたいと思えるほどなので、アシェル殿下がいいのであればと受け入れた。
アシェル殿下は少し恥ずかしそうに、自分も男であるから不快な考えを抱くこともあるので、申し訳ないと、繰り返し念を押して言われた。
ただ、今の所アシェル殿下からそのような声は一度も聞こえてきていないので、逆にすごいと私は思っている。
男性であっても女性であっても考えてしまうことは多少なりともあると思う。
そのうち聞こえてしまうこともあるかもしれない。私はアシェル殿下からそうした声が聞こえても、気をしっかり持とうと、考えている。
ちなみにハリー様については理解不能である。ある意味で言えば、一番私の事を体だけで見ている気もしなくもないけれど、ただ不愉快な感じはしない。
思考回路の問題なのだと思う。
アシェル殿下とは、王城内で生活をしているので毎日のように会い、会話をし、そしてそれぞれ国の為にと自己研鑽に務めてきた。
自分を必要とされているようで、頑張ることが楽しかった。
「はい。アシェル殿下。すぐに帰ってきますね」
「えぇ。待っています」
『一緒にいる時間が長かったから、寂しい……けど、頑張る。エレノア、気を付けてね』
見た目が完ぺきな王子様なのに、私の前でだけは可愛らしい人。
自分だけが特別になれたようで嬉しく思ってしまうのだから、私は性格が悪いのかもしれない。
アシェル殿下が寂しく思ってくれるおかげで、私も寂しいけれど頑張って実家に帰ろうと思えた。
『ぼん、きゅ、ぼーーん』
声のした方へと視線を向けると、ハリー様がどこか冷めた瞳で私達の事を見ていた。
たった一週間程度の事でそんな今生の別れのようになるなと、その目が物語っている。
ハリー様的には早く行ってほしいのだろう。腕に持っている大量の資料が、アシェル殿下を待っているようだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
『気を付けてね。待っているから、その、ゆっくりしてきてね』
しゅんと耳としっぽが項垂れているように見えるのだから私は重傷かもしれない。
手を振って、私は馬車に乗ると、実家へと向かったのであった。
馬車に乗って、私は先ほどのアシェル殿下を思い出して、笑ってしまう。そして、出立したばかりだと言うのに、アシェル殿下の元へ早く帰りたいなと思うのであった。
両親は私の事を使用人達と共に出迎え、そして客間へと移動した。
部屋の中は静かなものであり、聞こえてくるものと言えば窓を揺らす秋の風の音と、時計の針の音だけであった。
住まいを王城に移してから、久しぶりに帰って来た実家は、以前同様に居心地が悪く、その独特の空気と、見た目だけの華やかさは私を拒絶しているかのようであった。
本当は帰ってきたくなかったけれど、実家との関係が悪いなどと言う噂がたってもいけない。
実家から久しぶりに顔が見たいとの手紙をもらい、一度顔を見せに帰ることにしたのだ。
紅茶を一口飲み終えた私の目の前に座る両親は、ゆっくりと口を開いた。
「アシェル殿下とはどうなの? ちゃんと上手くやっているのかしら?」
『はぁ。あんなに素敵な男性はなかなかいないわよねぇ~。この子がうらやましいわぁ』
「お前はいずれ国母となるのだ。しっかりとアシェル殿下の心を得るのだぞ」
『まぁ、お前のその美貌ならばしばらくは大丈夫だろう。だが女は若さだからなぁ』
久しぶりに娘に会ったと言うのに、相変わらずの両親の心の声であった。
ただ、アシェル殿下との関係が良好であるかや、アシェル殿下や国王陛下、王妃殿下についての有益な情報はないかなどを知ろうとしているだけだ。
そして、私に対して、お前の親は自分達だからちゃんとローンチェスト家を優遇してもらえるように配慮してもらえるようにしろと念を押された。
『はぁ。この子って本当に不気味な子。はっきり言って帰って来なくて清々していたけれど、王族との関係は良好に保っていきたいしね』
『あー。本当にもっと有益な情報はないのか。つかえんなぁ。はぁ。まぁ、アシェル殿下の婚約者になれただけで上出来と考えるべきか。』
両親の心の声は冷めたもので、私に対して関心などない。
それは分かっているのに、やはりどこかで期待している自分がまだいたのだろうか。
王城ではずっと優しい声に囲まれているから、久しぶりに、悪意や嫌悪感などの心の声をぶつけられることに胸が痛くなる。
本当は聞きたくない。
けれど聞こえてしまう。
「ねぇ、ちゃんと自分の立場は分かっているわよね?」
『この子、自分が偉くなったとか勘違いしていないわよね? っふ。まぁ、そんなことを考えていようものなら、躾をするしかないわよねぇ』
「そりゃあわかっているだろう。なぁ?」
『お前は俺達の道具にすぎないのだ。ちゃんと弁えろ。最近は王城で生活しているからか、ローンチェスト家のことをちゃんと考えているか疑問だな』
早く王城に帰りたいと願ってしまう。優しい声の人達の元へと帰りたい。
お父様とお母様の視線は見なくても、どのようなものなのかわかる。
顔に笑顔を張り付けて、そして、自分たちの利益の事を頭の中で考えている。
「はい。お父様、お母様。私はローンチェスト家の為に王城へと嫁ぐ役目だと分かっております」
「そうよ。貴方は、このローンチェスト家の公爵令嬢だからアシェル殿下と婚約出来たのよ」
『貴方なんて、公爵令嬢でなければアシェル殿下に選ばれるわけがないのよ』
「そうだぞ。我が家だからこそ、婚約出来たのだ。自分の力などとまさか思ってはいないだろうが、ちゃんと自分の役割である政略結婚を全うするのだぞ」
『エレノアは後ろ盾の家紋がなければ見た目がいいだけの女だ。我が家だからこそ婚約出来たのだと、ちゃんと理解させておかなければならないな』
私の胸はその言葉に、痛みを覚えた。
それは違うと言えないから、事実だからこそ、私の胸は痛む。
エレノア・ローンチェスト公爵令嬢だからこそアシェル殿下の横に立てる。これは間違いなくそうだ。
私が平民であれば、アシェル殿下の横に立つことは叶わなかっただろう。
「はい……わかっております」
そう答えたものの、二人はあまり納得していない様子であった。
「はぁ。貴方には少し教育が必要のようね」
『気合を入れさせないと』
「そうだな。母のいう事をよく聞くように」
『っふ。ちゃんと躾ておけよ』
その後、お父様は執務に戻られて、お母様は私を自分の部屋へと連れていくと、侍女達は下がらせた。
嫌な時間である。
私は王城に早く戻りたいなと思いながら、お母様の気分が早く晴れるようにと願うことしか出来ない。
貴族の令嬢は、基本的には足を他人に見せることはない。背中や腕などはドレスによっては肌が見えてしまう。だからこそ、お母様は私の躾を行う時は決まって足を鞭うった。
皮膚が破れないように、傷がつかないように、同じところばかりにならないように。
「いい? これは貴方の為なのですよ」
『ふふふ。あぁぁ。生意気にならないように躾けるのは大事なことよねぇ』
「いっ……」
みみずばれのような跡は残っても、数日で消える。
お母様のこの執拗な躾は昔からであり、私は痛みを堪えるしかなかった。
早く帰りたい。
王城の、温かな声が響く場所へと。
私は痛みを堪え、早くこの嫌な時間が過ぎ去る事だけを願ったのだった。
読んでくださる皆様、ありがとうございます。
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作者は児童書 も羽織かのんとして書いております。『魔法使いアルル』というのですが、2巻も出すことが出来ました! 大人も楽しめるファンタジー小説となっておりますので、魔法が好きな方は、読んでもらえたら嬉しいです!私はファンタジー大好きっこです。