六十話 男
私は声の聞こえた方を指差してアシェル殿下に向かって声をあげた。
「あっちです! あっちから聞こえます!」
アシェル殿下は私の声に頷くと、私を担いだまま数人の騎士に声をかけてそちらへと向かう。
一階の窓から外へと出て、その先から男の心の声が聞こえてくる。
私は木の上を指で示した。
「あそこです!」
『なっ!? 何故わかった!?』
護衛が弓で木の上を射った。その瞬間、男は木の上から飛び降りると、口許にある笛を歯で噛んでにやりと笑った。
鷲色の瞳と、薄暗い灰色の髪の毛。
貴族に見えるように服装は正装で整えられているが、その腰には剣が携えられている。
そればかりではなく、腰のベルトには短剣もいくつもついており、明らかに不審者である。
男は前髪をかき上げながら、口に加えていた笛を離すと言った。
「はっ。まだ何か秘密があるな? さすがは、傾国の美女だなぁ」
『なんだ? 何故場所がわかった?』
アシェル殿下と騎士達は男を取り囲むが、男に焦った様子はない。
「あー。こうなっては、今回は無理か。一旦引くかなぁー」
『ふふっ。なわけあるか。エレノアを連れていく!』
男は笛を吹き、次の瞬間木々の影から獣人達が飛び出てきた。
これほどの人数の獣人をどうやってこの王城へと引き入れたのか。
私は声をあげた。
「どうやってこの獣人達を連れてきたのですか!」
「ん? 内緒」
『チェルシーから抜け道の地図はもらっている。隠し通路も、王族すら忘れられてる道も全部な』
私はどれだけチェルシー様は王城の中をゲームで探索したのだろうかとその記憶力に驚くばかりである。
私は全然覚えていない。ある意味、チェルシー様は優秀なのだろうなと思った。
獣人達は唸り声をあげ、涎を滴ながらこちらを睨み付けてくる。
「エレノア。こっちに来いよ。お前さえくれば、この獣人達も解放してやるよ」
『これからは豪遊しながら暮らしていけばいい。獣人はもう捨て駒だな』
非道な男の声に、私は男を睨み付けると声をあげた。
「貴方のような方の元へは死んでもいかないわ!」
「エレノアは僕の婚約者だよ。お前のようなどこの馬の骨なのもかわからないやつに渡すわけないだろう!」
アシェル殿下の言葉に、私は嬉しく思いながら、男の心を読む。
『獣人を盾にして、この先にある隠し通路にエレノアと共に入れれば俺の勝ちだな』
「この先にある隠し通路に私は貴方とは行きません!」
男の表情が固まる。
私ははっきりと言った。
「貴方が逃げ切れることはないわ」
心の声を便りにすれば、絶対に貴方を見失うことはない。
私は男を睨み付けた。
どこかの誰かがスマホやパソコンで自分の小説を読んでくれるという幸せ。皆様にとって今日が良い一日でありますように(●´ω`●)