四十五話 唯一の人
「アシェル殿下?」
「エレノア!」
『よかったぁ。チェルシー嬢が喚き散らしながら現れた時には、本当にびっくりしたけど、よかったぁ』
どうしたのだろうかとアシェル殿下の方へと歩み寄ると、アシェル殿下はほっとした様子で私の手を握り、にっこりと微笑んだ。
「よかった。チェルシー嬢がなんかね、”エレノア様が精霊に連れ去られた”とかなんとか言っていたから、びっくりしたんだよ」
『チェルシー嬢のこと、本当にどうにかしないと……このままだと、仕事がまず進まない』
なるほど、チェルシー様はエル様に弾き出されてイラついたのだろう。だからこそアシェル殿下の元へとそれを伝えて、私を探させたのだ。
私はじっとアシェル殿下を見つめた。
エル様は唯一の元へと戻りなさいと言った。
そして現れたのはアシェル殿下である。
私の唯一とは、アシェル殿下のことなのだろう。
唯一とは何なのか。
おそらくは、ただ一人の人とか、大切な人とか、運命の人とか、そういう意味合いなのだろうと私は思い、顔が熱くなるのを感じた。
「エレノア?」
『顔が赤い。体調が悪いのかな? え? 大丈夫かな?』
アシェル殿下にはいつも心を救われる。
優しくて純粋な人。
見た目は完璧な王子様なのに、内面は可愛らしい人。
「アシェル殿下。迎えに来てくださりありがとうございます。先ほど、庭の精霊様にお会いしたのです」
「え? 庭の精霊って……怖くなかった? この庭の精霊は気難しいというよ」
『庭の精霊に会えるなんて……僕ですら会ったことないのに、エレノアはすごいな……ということは、チェルシー嬢は精霊に庭から弾き出された、のかな?』
私はエル様のことを思い出しながら伝える。
「とても優しい精霊様でした。ただ、チェルシー様のことは、あまりお好きではないようです」
「ぶっ。そ、そう。だろうね」
『チェルシー嬢はなぁ、そりゃあ、無理だろうなぁ……』
私はじっとアシェル殿下を見つめて言った。
「唯一の人の所へと帰りなさいと、幸せにおなりと言っていただきました」
「唯一?」
『え? えーっと、それって、あれかな? 運命の人というか、番というか、伴侶というか……』
アシェル殿下は頬を赤らめると、私の手をぎゅっと握って微笑んだ。
「私のこと、だよね?」
『僕だよね? 僕ってこと、だよね? わぁぁぁ。恥ずかしい! エレノアの運命の人って、あぁ! そうならすごく嬉しいけどさ、恥ずかしいね! なんだろうこれ!』
心の中で大騒ぎをしているアシェル殿下に、私は手を握り返すとうなずいた。
「はい。私の唯一は、アシェル殿下だと思います」
素直にそう伝えると、アシェル殿下は嬉しそうに笑って私をぎゅっと抱きしめた。
「エレノア。大好きだよ」
『わぁぁぁぁ! 恥ずかし! でも、嬉しい! エレノアが、可愛い!』
アシェル殿下の心臓の音と心の声は心地が良く、私はずっと聞いていたいと抱きしめられながら思った。