四十四話 庭の精霊
庭の雰囲気は一瞬にして変わり、背筋をひやりとした何かが駆け抜ける。
それはチェルシー様も同じだったようだけれど、その雰囲気にチェルシー様は嬉しそうににこやかに笑った。
『やっと庭の精霊が出てくるのね! あーもう! 待ちに待ったわ!』
その声に、先ほどの精霊だろうかと私は思っていたら、庭の噴水が高くまで一気に噴射され、そしてキラキラと太陽の光に水が反射してきらめく。
美しいのに、なぜかぞっとするような雰囲気に私は身震いした。
「……臭い人間が……」
先ほどの美しい精霊エル様が現れ、チェルシー様は瞳を輝かせるが、私からしてみれば、何故そうも喜べるのか理解ができなかった。
明らかにエル様は怒っている。
「精霊様……お会いしたかったです。私に会いに来てくださったのですね」
『やっと現れたわ! エレノアが邪魔だけれど、まぁいいわ』
エル様は自分に近づいてくるチェルシー様を見て、嫌そうに眉間にしわを寄せると、鼻を手で覆う。
「臭い……人間よ。私に近づくな」
『くっ……エレノアを困らせる人間の女め……』
エル様はそう言うと、チェルシー様から一歩後ずさった。
けれどチェルシー様はフフンと鼻をならし、私の方をちらりと見た。
『ふふん! 悪役令嬢から解放してあげるわ!』
私は大丈夫なのだろうかと思っていると、チェルシー様はキラキラとした瞳でエル様を見つめて言った。
「精霊様。出会えて光栄です。あの、私はチェルシーと言います。あなたのお名前を教えていただけませんか?」
『ふふん!まずは真名を手にいれなきゃね!』
エル様はその言葉に嫌そうに顔を歪めた。
「汚らわしいお前に教える名はもたぬ」
『烏滸がましい人間だ』
けれど、チェルシー様は負けない。
悲しげに顔を歪めると、もじもじとしながら言った。
「そうですか。では、仲良くなったら教えてくださいね」
『何かしら? すごい壁を感じるわ。こんなに難易度が高いの?』
「うるさい。教えることはない。二度と私の前に現れるな。この庭に入ることも禁ずる」
『なんとも気色の悪い人間だ』
「え?」
次の瞬間チェルシー様の姿は消え、私が驚いてキョロキョロとすると、エル様はクスクスと笑い声をたてた。
「あいつはもうこの庭には入ってこれぬ」
『気色の悪い人間は不必要だ』
エル様は楽しげに微笑みを浮かべると私の頭を優しく撫でながら言った。
「エレノア。あれはかなり質の悪い人間だ。出来るだけ近寄らぬようにな」
『悪臭の根元のような人間だな。あれはいずれ闇に呑まれるだろう』
「え? ですが、彼女はいつも私の前に立ちはだかるのです。いずれ、決着をつけなければならない時がくるかもしれません」
私の言葉にエル様は微笑み、優しい声で言った。
「ならば、必ずそなたの唯一と共に、対峙することだ」
『あやつならば、そなたを任せられる』
「唯一?」
その時、庭の奥からアシェル殿下の自分を呼ぶ声が聞こえた。
エル様は嬉しそうに私の背中を押す。
「さぁ、唯一の元へ帰りなさい」
『可愛いエレノア。幸せにおなり』
「え?」
気がつくと、私は庭の入り口に立っており、アシェル殿下がこちらに向かってかけてくるのが見えた。