四十三話 疑問
私は鼻息を荒くするチェルシー様を見つめながら、思わず、ずっと気になっていたことが零れ落ちた。
「チェルシー様は、誰が好きなのですか?」
その言葉にチェルシー様はかすかに眉間にしわを寄せるが、すぐに笑顔に戻った。
「え? 私ですか? 私はみんなと仲良くしたいだけですよ」
『略奪って最高よねぇ』
定型文のようなその言葉をチェルシー様は呟くが、私としてはそれで納得できるわけではない。
「……ずっと気になっているのです。チェルシー様は素敵な殿方がいるとその方の方へと意味深な視線を向けられますよね?」
一人を愛すのではだめなのであろうか。
どうしてたくさんの人へと愛を求めるのか。
ここは現実である。ゲームではない。
たくさんの人の愛を求めたところで、それがすべて叶うわけがない。
「えっとぉ。あの、何か勘違いをされているみたいです」
『あらあら、悪役令嬢は可愛そうねえ』
「え?」
チェルシー様はこてんと可愛らしく小首をかしげてにっこりとした笑顔で言った。
「私はヒロインなので、愛されるのが当たり前なのですよ? だから、みんなを平等に愛してあげないと」
『いずれ貴方の手元にいる男性は全員私のものよ! ふふふ。悪役令嬢よりもちろんヒロインがいいでしょう?』
意味が分からなかった。
平等に愛す?
愛されるのが当たり前?
「何故?」
アシェル殿下に会うまで、私は一人に愛されるのさえ難しいと感じた。
外見ではなく、内面の自分を見てくれる人、愛してくれる人。
そんな稀有な人は、アシェル殿下だけだ。
真っすぐで、心の中では可愛らしい人。
私は、アシェル殿下だけでいい。
だから、アシェル殿下を取らないでほしい。
「私は、たくさんの愛なんていらないわ」
「え?」
『悪役令嬢が何を言っているの?』
私はチェルシー様を真っすぐ見つめると、はっきりと告げた。
「私はアシェル殿下を愛しています。彼ただ一人でいい。チェルシー様とは根本的に考え方が違うようですね」
真っすぐに自分の言葉を伝える。
すると、驚いたようにチェルシー様は顔をゆがめ、それから大きな声で笑い始めた。
「あははっははっははっ!」
『悪役令嬢が、一人でいいですって? 大量の愛を求めて、たくさんの男を侍らせる悪役令嬢が? 』
その笑い声は奇妙なものであり、ぞっとするような雰囲気すらあった。
「エレノア様ったら、ご冗談を。だってその体で、その瞳で、いったい何人の男を虜にしてきたのです?」
『淫乱女。清楚アピールはやめてほしいわぁ。その体じゃ無理よ』
「なっ!?」
チェルシー様は私の目の前に来ると、指で私の胸を示しながら言った。
「こんな美しい武器を使えば、さぞ、男たちは喜んだでしょうね?」
『悪役令嬢のこの体系は本当にうらやましい限りだわぁ』
私は顔を真っ赤にしながら胸を両手で隠し、声をあげた。
「し、失礼ですよ!」
「あら、ごめんあそばせ。だって、そんないやらしい体をしているのに、ふざけたことをおっしゃるから」
『淫乱女は淫乱女らしく振舞いなさいよ』
私は悔しくて、何故こんなにも見た目で判断されなければならないのかと唇をかんだ。
その時。
庭の雰囲気が一瞬にして変わった。