四十一話 腐敗臭
私は夜になっても子どもの姿から戻ることがなく、仕方がないとベッドに子どもの姿のまま入った。
ただ、ベッドの中でごろごろとするだけでなかなか眠ることができずに、体を起き上がらせた。
なんだろうか。
胸の中がふわふわとするような感覚があり、外に出ろと何かに呼ばれている気がする。
私は少しだけならば大丈夫かとテラスの窓を開けると、そこには妖精が座っていた。
「ふふっ! 願い事が叶って楽しかった?」
『楽しくないわけがないわよね!』
私は少し考えるとうなずいた。
楽しかったのだ。
皆が自分に笑顔を向け、そして本当の子どものように接してくれる。
不思議な感覚であった。
甘やかされて育ったことのない私からしてみれば、皆の好意が温かすぎて、くすぐったくて、だからこそ妖精には感謝していた。
「ありがとう。本当に、楽しかったわ」
妖精は嬉しそうにくるりと飛んだ時であった。
突然顔つきが鋭くなると、庭の方へと視線を向けた。
「あの女……」
『腐った臭いがする。あの女……』
私も庭へと視線を移すと、そこにはチェルシー様がランタンをもって立っていた。
こちらに気づいているわけではなく、何故か庭をさまよっている。
「チェルシー様?」
私が思わず呟くと、妖精は顔をひどく歪めて言った。
「いい? あの女には近づかないことよ。あの女からは命をもてあそび屠った、腐敗臭がするわ。あれは。おぞましい類の人間よ」
『気持ちが悪い……あれは人間以外の生き物も殺しているわね』
その言葉に私の背筋はぞっとした。
「何かを、殺したってこと?」
その言葉に、妖精は言った。
「そうよ。しかもかなりの数の生き物をね。人間だけじゃないわ。おそらくは高貴なる生き物も……」
『じゃないとこんな腐ったような臭いにはならないわ』
チェルシー様はいったい何を殺したのだろうか。
そう思った時であった。
チェルシー様がこちらを見上げると、嬉しそうに手を振ってきた。
「エレノア様ぁぁぁぁ!」
『子どもになったのは本当だったのね。うふふ。今なら簡単に殺せそう。でも、悪役令嬢がいないと物語は楽しくないわよねぇ~』
ぞっとした。
チェルシー様は本当に狂っているのだ。
私はそれを感じて、チェルシー様に見えないようにテラスの内側へと入る。
「あら、聞こえなかったかな? まぁいいか」
『それよりも、一体どこに隠れているのかしら? そろそろ庭の精霊とかも攻略したいのになぁ』
チェルシー様はいったい何を考えて生きているのであろうか。
この世界はゲームではないと、ちゃんとわかっているのであろうか。
私は見えない位置で座り込むと、妖精はその横に来ると言った。
「いい? あの人間いは近づいちゃだめよ」
『あの人間、あんな臭いをまき散らしていたら、そのうち、あれがくるかもしれないわね』
あれとは何だろうか。
私がそう思った時、妖精はにこりと笑うと金の粉を私の目の前へと振った。
「おやすみ。貴方は私のお気に入りよ。じゃあね」
『よい夢を』
意識は途切れ、夢の中へと落ちていく。
「ベッドに運んであげてね。それじゃあね」
妖精は飛び去り、テラスに現れた一人の精霊は大きくため息をついた。
「あの女から逃げているというのに、何故他の人間を押し付けるのだ……まぁ、いいか」
月の光をきらきらと浴びながら、精霊はエレノアをベッドへと運ぶとその髪をなでた。
「またな」
精霊は夜の闇へと消えていった。