四十話 可愛いエレノア
アシェル殿下は私を膝の上にのせて切った果物をフォークで食べさせてくれている。
診察は受けたものの、異常はなく、私が妖精のクッキーを食べたことを話すとそれが胃の中で消化が終わり、体から成分が抜ければきっと元に戻るだろうとされた。
執務で忙しいであろうアシェル殿下ではあったが、私のことを心配してずっと一緒にいてくれている。
「はい。エレノア」
『可愛いなぁ』
「あーん」
最初こそフォークで口に運ばれることに抵抗しようとしたのだけれど、あまりにもアシェル殿下が楽しそうなので、自分の羞恥心は抑え込むことにした。
もぐもぐと咀嚼していると、見ていた侍女や使用人らが一様に頬を赤らめながら嬉しそうに心の声で呟いていくものだから、子どもとはこんなにも愛されるものなのだろうかと驚いた。
自分が幼かった時、こんなことはあっただろうか。
父や母から聞こえてくるのは、打算の混じった声と、表と裏とが入り交ざった不協和音ばかりで幼い日のことを思い出したいと思ったことはない。
けれど、今向けられるのは、優しい視線ばかりである。
「エレノア。おいしいかい?」
『可愛いなぁ。可愛いなぁ』
「はい」
「ふふっ」
『あー。父上と母上がなんで幼いころ僕にちゅっちゅってめちゃくちゃキスしてきた理由がわかる。子どもってこんなに可愛らしいんだなぁ。あー。可愛い。ちゅっちゅしたくなる気持ちがわかったよ』
その言葉に、私は視線を泳がせる。
『エレノアとの子どもは……きっと可愛いんだろうなぁ……わぁぁ。恥ずかしい! 僕何考えているんだろう!』
アシェル殿下は一人で内心で悶絶しているのに、表面上は笑顔を携えておりさすがだなと思った。
「でも妖精には困ったものだな。エレノア。次回から気を付けないといけないよ?」
『今回はまぁ一日くらいだろうからいいけれど、妖精っていうのはいたずら好きだからなぁ』
私はうなずいた。
「はい。こんなことになるとは思いませんでした。妖精って、本当に不思議なことをするのですね」
「あぁ。まぁきっと君の願いを叶えて喜んでほしかったんだろうね。というわけで、エレノアは今日は子どもなのだからたくさん甘やかそうかな」
『我ながらいい言い訳だな。これでよしよししたり、お菓子あげたり、一緒に遊んだり、いろいろできる』
見た目は子どもだけれど、中身はいつものエレノアなのですがと私は思いながらも、アシェル殿下があまりにも楽しそうなものだから、私も幸せな気持ちになった。
『お兄ちゃんとか呼ばれたい』
それは無理ですと、私は内心思うのであった。
お兄ちゃんーーーーーーー!!!!