三十八話 妖精のジンジャークッキー
私は朝目覚めると、ゆっくりと背伸びをした。
今日は、休養日ということで勉強やダンスレッスンなども何もない日である。
普通の令嬢ならば町に買い物に出かけたり、馬車で少し遠出をしたりするのだが、私はそうしたことをしたいとは思わない。
なぜならば、どこに行っても視線と心の声は付きまとうもので、見知らぬ人から向けられるそれらはかなりの疲労感を生むからである。
だからこそ私は、休養日には基本的に一人でのんびりと過ごすことが多い。
侍女らも、私が一人になりたいことを理解しており、朝は私の好きなお風呂の準備をしていてくれる。
お風呂にはバラの花が浮き、かぐわしい匂いは心を癒す。
「いい香り」
ゆっくりとお湯につかり、そして朝の時間をのんびりと過ごす。
それから朝食をとり、私は本棚から本を取り読書を始める。
部屋の中は静かでいい。ただ、集中して聞こうとすればたくさんの心の声で自分の中が溢れてしまう。
だからこそ私は本の中の物語に集中する。
そうすれば、聞きたくない音を聞かないで済むからである。
ページをめくる音と、時計の針の音だけが部屋の中に響く中、私は紅茶を飲みながら本を読みふける。
その時であった。
コンコン
と、窓がたたかれ、私は驚いてそちらへと視線を向けた。
そこには飛び立っていったあの妖精がおり、楽し気にこちらに向かって手を振っている。
私は驚きながらも窓を開けると、妖精は部屋へと入ってくるとくるりと回り、そして私の目の前で止まった。
「あなたにいいものをあげに来たわ」
『ふふふ。驚くわよー!』
妖精はいたずら好きである。いったい何だろうかと身構えていると、目の前においしそうなクッキーが現れた。
「私手造りのジンジャークッキーよ! ありがたく受け取りなさい!」
『お礼に一生懸命焼いたのよ! 人間サイズは大変だったんだから!』
その言葉に、私は微笑むとクッキーを受け取った。
妖精も義理堅いのだなと思っていると、楽し気にこちらに笑みを向けてきた。
「はやく食べてみて!」
『うふふ。おいしいわよ! 食べて食べて!』
一瞬大丈夫だろうかと不安に思うものの、妖精は機嫌を損ねるとかなり厄介な存在である。
私は小さく一口クッキーを口にした。
「おいしいでしょう!?」
『おいしいって言いなさい!』
「おいしいわ。ありがとう」
「やったぁぁぁ!」
『大成功ね!』
妖精は部屋の中をくるくると回り、私はクッキーをごくりと飲み込んだ。
その時であった。
「え?」
視線ががくんと下がり、不思議な感覚を味わう。
「あ、そうだ。そのクッキー! 願い事を一つ叶えてくれるの! ふふふ。楽しんでね! じゃあね!」
『また作ったらもってこよーっと』
妖精は空を飛んで行ってしまい、私は突然のことに現状がよくつかめない。
ただ、服がぶかぶかになり、視線はかなり低くなっているという事実だけはわかる。
「これって……」
私が先ほどまで読んでいた小説のタイトルは「幼き日の思い出」。そして先ほどかすかに思ったことは、小さな時、こんな素敵な思い出があったらよかったのにということ。
私は慌てて洋服を引きずりながら鏡の前へと移動して愕然とした。
「私……子どもになっているわ……」
鏡に映るのは小さな時の自分の姿であった。
きっと可愛いでしょうね。エレノアたん。