三十六話 突撃とマフィン
すみません。遅くなりました。
アシェル殿下は、それから封印されていた壺の所在を確認しに向かい、しばらくしてから私の所へと帰ってきた。
新しくお茶を入れてもらい、向かい合って座るとアシェル殿下はそれを一口飲みながら息をついた。
「本来封印されていた壺の蓋が、何者かの手によって開けられていたよ」
『いったい誰が? あの壺のありかを知っているのは王族のみのはずが、どこから情報がもれたんだろう』
私はゲームを知っているヒロインのチェルシー様の仕業としか考えられず、このまま彼女を放っておいてもいいのだろうかと不安に思う。
「あの……」
どう伝えればいいのだろうかと思いながらも、私は考えながらも口を開いた。
「チェルシー様は、どうしているのですか?」
この言い方だとチェルシー様を明らかに疑っているように聞こえるだろうかと思ったけれど、その言葉にアシェル殿下は眉間にしわを寄せた。
「実は、チェルシー嬢を調べたところ……怪しい点がかなり浮かび上がってきている。そして問題が起こり始めた少し前の時間、チェルシー嬢につけていた監視員はその姿を見失い、三十分の間、所在不明になっていたのだ」
『やっぱりエレノアもチェルシー嬢のことを怪しいと思っているのかなぁ。まぁそうだよね……というか、僕的には早くあの人城の外に追い出したいけど、いろいろ裏があって野放しにできないんだよなぁ』
アシェル殿下の言葉に、私は一口紅茶を飲み、そしてやはりチェルシー様が動いているのであろうと確信する。
その時であった。
部屋をノックする音が聞こえたかと思うと扉が勢い良く開き、話題のチェルシー様が入ってきたのである。
「アシェル様ぁ!」
『やっとみつけたぁぁぁぁ!』
突然のことに私もアシェル殿下も驚いていると、チェルシー様はアシェル殿下の横に座ると、しなだれかかりながら言った。
「こんなところにいたんですね。私、ずっとお会いしたいって言っていたのに、会えないから、来ちゃいました」
『なんで会ってくれないのよ。盗難はエレノアの仕業だって印象を植え付けたいのに、もう! でもまぁいいタイミングだったかもねぇ』
にっこりとした笑顔でチェルシー様はそういうと、ちらりと視線を部屋の中にあった妖精が残していった宝物へと移す。
「え? 今、お城の貴重品が無くなったって大騒ぎになってましたけど……どうしてここにあるんですか?」
『なんでここにあるかは分からないけど、いいタイミングね! このままエレノアの仕業にしてしまいましょう!』
わざとらしくチェルシーはそういうと、アシェル殿下の腕をぎゅっと握りながら言った。
「もしかして、エレノア様がぬす」
『これでエレノアに不信感を!』
次の瞬間、部屋の中へとハリー様が入ってくると、チェルシー様の口へとマフィンを押し込んだ。
『ストーン。黙れ』
「むふっ」
ハリー様は一礼すると口を開いた。
「突然申し訳ございません。一瞬目を離したすきに全力でチェルシー様は移動されまして。まるで王城の中を知り尽くしたようなその走りに、出遅れてしまいました」
『ぼん、きゅ、ぼん』
ハリー様はそういうと、一生懸命に口の中をもぐもぐと咀嚼してなくそうとしているチェルシー様の口にもう一つ籠に入れているマフィンを取り出すと押し込んだ。
「今朝マフィンを焼きまして。チェルシー嬢に早く食べていただきたかったんです。おいしいですか? そうですか。一生懸命作ったかいがありました」
若干チェルシー様にイラっとしている様子のハリー様は顔はにこやかであり、いつもながら表情と声が一致しないなと思うのであった。