三十五話 封印された怪物
黒いものはゆっくりと形を変える。
それは真っ黒な小さな妖精であった。けれど妖精というには禍々しく見え、その羽音は耳をつんざくような音がした。
妖精を見た瞬間、私は思い出す。
記憶が渦のようになり、思い出されたのは秘密の通路を抜けた先にあった封印された壺。それを開けてしまうと、この呪われた妖精が出てくるのである。
このキャラクターは悪役令嬢エレノアの大切な宝石などを全て盗み、彼女を激昂させる。
その後、ヒロインの優しさによって呪いは解け、お礼を言ってたから飛び去ってしまい所在は不明となるが、城の金品がかなりの数行方不明となり、それがエレノアの部屋から発見されてことによって、犯人が悪役令嬢エレノアではないかと疑われるのである。
エレノアの部屋から金品が発見されのは、ヒロインに意地悪をするエレノアを妖精が怒り、自分の罪を擦り付けたのであった。
悪役令嬢エレノアはそれに激高するのだが、結局犯人は見つけられず苛立ちをあらわにするのであった。
私はそのことを思い出しながら、もしやヒロインチェルシーが自分を怒らせるために壺を開けたのだろうかと考え、怖くなった。
チェルシーは自分を陥れようとしているのかもしれない。
このまま平和に過ごすことは難しいのかもしれない。
どうして、平和に生きられないのだろうか。
このまま平和に、安心して生きられたらどんなに素敵なことだろう。
けれど、それは無理なのかもしれない。
私には、普通に幸せになることなんて、出来ないのかもしれない。
だけれど。
アシェル殿下と出会って、私は生まれて初めてエレノアに生まれ変わってよかったと思えた。
アシェル殿下と一緒に幸せになれたら、どんなに幸福だろうか。
幸せに、なりたい。
そう思い、思わず涙がポタリと零れ落ちた。
『キレ、イ、あぁぁぉぁ、ほし、い』
次の瞬間、妖精は両手で私の涙を受け止めると、その涙を浴びた瞬間に、黒いものが流れ落ち、美しい羽と体を取り戻す。
光が部屋の中に広がった。
突然のことに私が目を丸くしていると、妖精は自分の体が軽くなったことに喜び、部屋の中をすごい勢いで飛び回ると、キラキラと美しい粉をまき散らす。
「わぁぁっ! 体が軽い!」
『私今まで何していたのかな? 記憶が曖昧ー! でも、わぁ! 体が軽い!』
あまりにも激しく部屋の中を妖精が飛び回るものだから、部屋の中の飾りや壺などが床へと落ち、その音に慌てて部屋の外で待機していた侍女と、そしてなぜかアシェル殿下も中へと飛び込んできた。
「エレノア! 一体どうしたんだい!」
『すごい音がしたけど。エレノア大丈夫!?』
「エレノア様!?」
『いったい何が!?』
部屋の中は妖精の金色の粉で溢れ、私は呆然としながらアシェル殿下の方へと視線を向けた。
アシェル殿下は驚いたような顔を浮かべたのちに、私の方へと急いでやってくると私をかばい、妖精の前へと立つ。
侍女たちは腰を抜かして壁際に座り込んでしまっている。
妖精は楽しそうに笑い声をあげると、ゆっくりと落ち着いたのか私とアシェル殿下の前へと移動してきた。
「私の名前はユグドラシル。妖精界の女王の娘であり、長年、呪いによって意識がおかしくなり壺に封印されていたの」
『まぁ、呪いを受けたのは遊んでいて思わず触っちゃダメって言われた物を触ったからだけど』
アシェル殿下は眉間にしわを寄せる。
「壺とは、王家がひっそりと隠し通路に封印していたあれか? どうして、壺の蓋があいた? それに、呪いは解けたのか?」
『隠されていたはずのものがどうして? それになんで呪いが解けたんだよ?』
妖精は体をくるりと回すと言った。
「なんで蓋があいたのかは分からないけど、そこにいる女の子のおかげで、私は呪いがとけたの、だからありがとう」
『純粋な乙女の涙が、呪いを解くものなんて、私も初めて知ったわ。これはお母さまに報告しなきゃね。あの手この手で呪いを解こうとしたのに結局とけずに封印されたのに、本当にびっくりよ』
お礼を伝えてくる妖精にアシェル殿下は困惑した表情で尋ねた。
「エレノアのおかげで呪いが解けたというのか?」
『どいうこと? もっとわかりやすく説明してほしいけど、妖精は何考えているかわからない生き物だし、出来ればさっさと帰っていただくのが正解かな』
「そうそう。あ、呪いのせいで城からいろんなもの盗んじゃったから、返すね!」
『本当は持って帰りたいけど我慢かな!』
どこから現れたのか、部屋の中に大量の壺やら宝石やらが溢れかえり、アシェル殿下も私も突然のことに驚いた。
妖精はすっと私の前に飛んでくると、私のおでこにキスをした。
「これはお礼よ。じゃあありがとうね! またね!」
『ふふふ。妖精のキスは特別よ! 』
嵐のように妖精は金の粉をまき散らしながら窓から飛び去って行ってしまった。
それを私とアシェル殿下は呆然と見送り、そして私は、額に手を当てながら、一体何をされたのだろうかと不安に思った。
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