三十四話 響く声
ふと、聞こえた声に、私は顔をあげた。
「? どうかしましたか?」
『どうしたのかしら?』
本格的に后教育が始まり、私は城に自室を賜るとそこで生活をすることが増えてきていた。
自宅へと帰る回数も、次に数度ほどとなり、そのおかげでアシェル殿下と一緒に過ごす時間が増えたことを嬉しく思っていた。
そして今日は王城の一室にて教師と学んでいた私だけれど、今聞こえた心の声を無視して目の前で首をかしげる教師に向かって慌てて首を横に振った。
「いいえ。なんでもありません」
「では、次に進みますね。エレノア様はとてもよく学ばれるので教えがいがあります」
『さすがだわ。彼女ならば素晴らしい国母となるでしょう』
教師はメガネをくいっとあげて微笑みを浮かべており、私はその言葉を嬉しく思い、微笑みを返した。
授業が終わり、教師は部屋を後にする。
先程から煩いくらいに聞こえてくる支離滅裂な言葉になっていない心の声にどうしたものかと考えていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「エレノア。入ってもいいかな?」
「アシェル殿下? はい。どうぞ」
部屋に入ってきたのはアシェル殿下とハリー様で、少し慌てた様子である。
『エレノアは今日も可愛いなぁ』
『ぼん、きゅ、ぼーん』
二人の心の声になごまされながら、尋ねた。
「どうかしたのですか?」
「実は、王城内で何故か色々な物がなくなっていてね。一応エレノアにも伝えておこうと思ってね」
『王城内で盗難騒ぎだなんて、一体どういうことだろう。本当はエレノアとのんびりしたいのに、くぅ』
「そうなの、ですか?」
先ほどから聞こえてくる心の声と関係あるのだろうかと思っていると、アシェル殿下が私の頭をぽんぽんと優しくなでる。
「では、また」
『はぁ、ちょっと癒された。よし、頑張るかなぁ』
私はアシェル殿下を見送ると、なでられた頭を手で押さえ、自分の顔がほてるのを感じた。
前までは男性に触られるのが嫌で嫌で仕方がなかった。
そこには必ずいやらしい感情が混じっていたから、だからこそ、触れられた位だなんてことを思ったことはなかった。
しかし、アシェル殿下に頭をなでられて、私は、思ったのだ。
もう少しなでられていたいと。
そう考えた自分自身に恥ずかしくなって、顔を両手で押さえた時であった。
『欲しい、あれ、もっと、欲しい、あぁぁぁぁ』
部屋の中で声が響き、私は身をこわばらせると部屋を見まわした。
どこにも姿はない。
けれど確かに声がした。
「誰か……いるの?」
そう私が尋ねると、頭の中に声が響いた。
『わぁ、見つかってまた封印されたらたまらないしなぁ……こっそりと、ああでも、あの女がつけているネックレスも美しすぎるしなぁ……』
封印とはどういうことだろうか。
私が身構えた時、顔をあげると、天井の隅に黒い影が渦巻いているのが見えた。
耳が痛くなるくらいの羽音が部屋に響いて聞こえた。
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