三十三話 ヒロインの苛立ち
せっかく。
せっかく、せっかく、せっかく。
あぁぁっぁぁぁっぁぁぁ。
部屋の中で一人の少女が苛立ちの声を押し殺し、ベッドの上でうなり声をあげる。
この世界のヒロインは私よ! 私、チェルシーなのよ! それなのに、それなのに。
ベッドの上の枕を拳で何度も叩きつけながら、チェルシーは唇をかみ、いら立ちをあらわにする。
これまで準備してきたものを、全て悪役令嬢であるエレノアがぶち壊していく。
せっかく国を亡ぼして手に入れた竜の王子も、獣人の国で誘拐して捕らえた三人の可愛いショタも。
全て土台を準備してやったというのに。
「エレノア……っ!」
悔しさをぶつけるように枕を何度も叩きつけ、チェルシーはふーふーと荒い息をあげる。
自分がせっかく作り上げてきた、ハーレムに向けての、ヒロイン中心の世界を、エレノアがことごとく潰してくるのである。
「なんなの、あの女……悪役令嬢失格でしょう……せっかく、私が準備したのに、なんなの?」
ぶつぶつと小声でつぶやきながら、チェルシーは唇をかみ、そしてギラリとした瞳を輝かせると、口を開いた。
「まぁいいわ。別に。この世界にはまだまだたくさんのキャラがいるもの……でも、悪役令嬢にはお仕置きが必要よねぇ」
チェルシーはそう呟くと、にやりと笑みを浮かべた。
「そうだわ。あれを開けちゃおう。そうすれば、ふふふ」
王城内はチェルシーにとっては庭も同然である。
ゲームで何度も、何度も、王城内を探索したことがある。
故に彼女の知らないルートはない。
「ふふふっ。まぁ、大変かもしれないけれど、きっとエレノアは困るわよねぇ~。ふふふ~」
このゲームはお楽しみが多い。
攻略キャラクターも多いし、その他のイベントも多い。
まぁ、略奪ゲームのはずがエレノアのせいでうまく略奪はできないが、それでもヒロインである自分はすべてを手に入れる権利がある。
チェルシーはにっこりとかわいらしい微笑みを浮かべると、立ち上がった。
「さぁ、行きましょうかねぇ」
王族しか知らない隠し通路を、チェルシーは意図も容易く使うことができる。
彼女の頭の中にはすべてのルートが記憶されている。
「ふふふ。私、本当に有能よねぇ~」
自画自賛しながら彼女は進んでいく。
暗い道を抜け、そして王族でも数名しか知ることのない隠し扉を彼女は開いた。
そこに置かれているのは一つのまがまがしい壺。
「さぁ、お楽しみと行きましょうか」
チェルシーの微笑みは、ヒロインとは大きくかけ離れた笑顔であった。
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