三十二話 獣人の親子
感動的な獣人の親子の再開の後、場所を移して私とアシェル殿下、そして獣人の国の王弟カザン様、リク、カイ、クウが客間にて向かいあって座る。
カザン様の目元は涙で赤くなっており、子どもたちも同様である。
カザン様と再会を果たし、子どもたちは正直に自分たちが攫われた時のことを話し始めた。
それを聞いた時、私はぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。
獣人の国では、王族も街に遊びに行くことが珍しいことではない。だからこそ、三人もいつものように護衛はついてはいたが、街で遊んでいたのだという。
しかし、突然護衛の姿が見えなくなり、そして気が付けば目の前に見知らぬ少女が立っていたという。
顔は隠していたのでわからなかったが、少女が持っていた笛を吹いた瞬間三人は意識を奪われ、なんと操られるように自分から少女の言いなりになり檻に入ったという。
私は、それを聞いた瞬間に悪役令嬢であるエレノアもまた、その笛を持っていたことを思い出す。
「それは……おそらく服従の笛だろう。獣人にしか聞こえない音を出すその笛の音を聞けば、獣人は操られるという。だが、かなり昔に作り方は失われ、今では幻とまで言われているものだな……」
『なんということだ。そんなものがあれば、獣人の国はどうなる!?』
カザン様の呟きに、私も内心で同意する。
そんなものがあれば、獣人の国はいともたやすく操られてしまう。
私は、笛について記憶を思い出そうとどうにか意識を手中させると、かすかに思い出せたことは、笛が世界に一つだけしかない代物であるということだけであった。
悪役令嬢のエレノアがどうやって手に入れたのかはわからないが、エレノアが手に入れるべきだったものを誰かが手に入れた。
そう考えた時、私が一番に思いついたのは、ヒロインである。
まさかチェルシー様が笛を持っている? となると、獣人をさらった人たちにやはりチェルシー様もかかわっているのだろうかと、私は混乱してしまう。
アシェル殿下はカザン様に言った。
「とにかく、笛についてはわが国でも調査します」
『獣人の国との関係悪化は防ぎたい』
「ありがとうございます。我が子たちを国に連れて帰ってもかまいませんか?」
『できれば戦にはしたくないが……笛については情報を集めなければならないな』
アシェル殿下がうなずくと、リク、カイ、クウが私の方へと視線を向けて言った。
「エレノア様、ありがとう。本当に……お世話になりました」
『この人がいなかったら、どうなっていたかわからない』
「ありがとうございます」
『寂しいなぁ……』
「ありがとう」
『エレノア様もいっしょがいいなぁ』
子どもたちの心の声に、私は微笑みを浮かべ、そして両手を伸ばす。
三人は私にぎゅっと抱き着き、すりすりと顔を寄せた。
その様子に、なぜかカザン様は驚いたように目を丸くし、そして苦笑を浮かべた。
「我が子が、人間の、しかも女性にこんなに心を許すとは、驚きです」
『アシェル殿の婚約者でなければ、わが国に連れて帰りたいほどだが……まぁ仕方ないか』
思いがけない言葉に驚きながら、私は、冗談だろうと思いつつ、三人の頭をなでてカザン様の方へと送り出す。
『まぁ、そうだな……もし何かしら人間の国ともめた時には、うむ。彼女をこちらの国へと招いて、リク、カイ、クウの誰かの嫁に据えての和平でも、いいか』
よくない。いったい何がどうなればその考えに至るのかと思いながらも、私は顔に張り付けた笑みを崩さないようにする。
アシェル殿下は何かをかぎ取ったのか、笑みを浮かべながらも言った。
「今回の件に関してはしっかりと対処していきますので、今後とも、国同士も仲良くしていきたいものです」
『関係性は保ちたいけれど、エレノアへのその視線はやめてよぉ』
「もちろんです」
『まぁまずは笛の件をどうにか解決せねばな』
カザン様を追って後から来た獣人の国の従者たちと合流を果たしたのちに、リク、カイ、クウは馬車に乗って獣人の国へと帰っていった。
アシェル殿下は宿泊し歓迎会を開くことを提案したのだが、カザン様の奥様が三人の帰りを寝ずに待っているということだったので、仕方のないことだった。
短い間だったけれど、三人と過ごした時間は楽しかったなと私は思う。
ただ、馬車が出る前、リク、カイ、クウが私の頬にキスをし、内緒だとにやりと笑いながら言った一言はなかなかに衝撃的だった。
「また会いに来る。もしエレノア様が不幸せだった時にはいつでも嫁に攫いに来るから」
「僕でもいいよ?」
「ぼくもー!」
アシェル殿下には見えていなかったかと思いきや、見えていたようだった。
『子どもだからって、むぅ。エレノアは可愛いから仕方ないけど、むぅ。っく……子どもがうらやましい』
私は思わず吹き出しそうになった。
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