二十九話 ハリー様の語彙能力
「あの、私も一緒に回ってもいいですかぁ?」
『悪役令嬢、追い払ってやる』
チェルシー様の言葉に、悪寒を感じていると、アシェル殿下は微笑みを携えて言った。
「申し訳ありませんが、チェルシー嬢、今は婚約者との時間を大切にさせてください」
『あぁー。このご令嬢には、本当に頭が痛いなぁ。というか、エレノアとの時間を邪魔していでほしい。むぅ』
その言葉に、私はほっと胸をなでおろす。
今のところアシェル殿下はヒロインに好意を寄せていないのだということにほっとした。
しかし、その言葉にチェルシー様は一瞬顔を引きつらせると言った。
「私、女の子のお友達いないので、仲良くなりたいんですー」
『ふふふ。ちゃーんと今から私の方を一番に考えられるようにして、あ、げ、る』
内心でチェルシー様にたいして恐怖を抱き始めていると、アシェル殿下の心の声が耳をつんざくように聞こえてきて、私は思わずびくりとした。
『こーわーいーよぉぉぉぉ! ナニコレ。珍獣かな? あぁぁ。女の子に失礼だとはわかってるんだけど、この前からべたべたしてくるし、裏がありまくりな感じが、怖いよー。はぁぁ。まぁ、いろいろ本当に裏がありそうだからしばらく仲良くしないといけないっていうのはわかるんだけどさぁぁっぁぁ』
表面上では笑顔を崩さないアシェル殿下のその悲鳴のような心の声に、私はなるほどと納得する。
何かを探るのか。
ならば自分も多少は我慢しなければならないなと思っていると、チェルシー様が私の腕をとり、手をつないできた。
「ねぇ? 仲良くなりましょう?」
『どうやって追い出そうかしらぁ』
私がどうしたものかと考えていた時であった。
「チェルシー嬢、この後、傷の具合を見ると医者から連絡を受けています。私が案内しますので、行きましょう」
『ぼん、きゅ、ぼん。すとーん』
ハリー様が後ろからそう声をかけると、チェルシー様はとても悲しそうに顔をゆがませた。
「えー……残念~。わかりました。では、次は絶対チェルシーも一緒に行かせてくださいねぇ~」
『タイミング悪! あー。アシェル様~。でもまぁ、ハリーを攻略するのもいっかぁ。ふふふ側近眼鏡。うふふ。眼福眼福~』
私はハリー様の心の声に聴きなれない音が入ったことになんだろうかと思っていると、チェルシー様を見つめてまたハリー様は呟く。
「では、行きましょう」
『すとーん。行くぞ』
「はぁーい」
『あぁ~。いちゃいちゃしたいわぁ』
私ははっと気づく。
すとーん。まさか、それはチェルシー様のことであろうか。
思わず顔をひきつらせて失礼すぎると思った私とアシェル殿下に向かってハリー様は頭を下げると、チェルシー様を引き連れて行ってしまった。
「では、行きましょうか」
『あー。エレノアにはチェルシー嬢についてなんと説明しようかなぁ~。あんまり近寄ってほしくないから、ちゃんと話しておかないとね』
私の頭の中では、すとーんというハリー様の声がこだましていた。
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