二十六話 ノアの心境
地下牢とは名前ばかりの、客室のような部屋から、ミシェリーナ夫人の屋敷へと俺が移されたのは、一週間ほど前のことである。
ミシェリーナ夫人は、竜の国のことをよく知っている人物であり、それをわかった上で、アシェル王子が自分を彼女に預けたのだと知ったときは、なんとも言えない気持ちになった。
部屋の中にシャワーやトイレも整備されており、自由に動き回ることも出来るため、囚われているという感じもしない。
アシェル王子いわく保護観察という立場ではあるが、自由とかわらない状況だった。
「あれだけ暴れまわったのになぁ」
エレノアという少女が気を失った後、俺は自分の中に沸き起こる怒りの感情のままに、回りにいた者達を巻き込んで暴れまわった。
こんな国滅びてしまえ。
そう思っていたが、アシェル王子は俺と対峙すると真正面から保護しようと行動した。
バカだと思った。
けれど、バカなのは自分だった。
アシェル王子は完璧な王子様であった。
清く、正しく、それでいて、強く。
その瞳は濁らず澄んでいて、俺はそれを見て、本当に怨むべき相手なのか分からなくなった。
そして、俺はミシェリーナ夫人の元で真実を知る。
俺の故郷を滅ぼしたのは、サラン王国ではないのだという。
謎の組織によってサラン王国の仕業に見せかけられたのだと、そしてサラン王国は自らの国の潔白を証明済みであった。
囚われている間に、そんなことになっているとは思っても見なかった。
俺は、いったい誰を怨めばいいのだろうか。
エレノア嬢がアシェル王子と共に俺の元へと来たのはそんな時であった。
美しいドレスを着た彼女は、恐ろしいほどに美しく、あの震えていた女と本当に同一人物だろうかと目を疑った。
「ノア様、助けていただき、本当にありがとうございました」
頭を下げるエレノア嬢に、俺は首を横に振った。
「いや、こちらこそ、ありがとう。首輪も取ってもらった」
呪いのような首輪も、すでに外されている。
思わず首を撫でると、エレノア嬢は悲しげに目を伏せて言った。
「痛みなどはありませんか?」
「いや、ない」
「そうですか。良かったです」
ほっとしたように、安堵し微笑む人間に、久しぶりに会った。
裏も表もなく、ただこちらを心配している瞳に、目が離せなくなった。
久しぶりの、自分の感情の変化に俺は頭を押さえ、アシェル王子の方へと向き直ると言った。
「度重なる配慮、ありがたく思います」
「出来ることは協力しますが、まずは体を大事にしてください」
「はい」
相変わらず、アシェル王子の瞳も澄んでいて、本当にお似合いの二人であると思った。
ただ、なんとなく、ちくりと胸の奥がざわついた気がしたのは、俺の気のせいだろう。
頑張ります! ありがとうございます!