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25話

 翌朝はすっきりと目が覚めると、私は侍女に入浴を手伝ってもらい、簡単な軽食を食べた後に身支度を整えていく。


 部屋に飾られているのは純白の今日着るウェディングドレスである。


 このドレスの生地はユグドラシル様が送って下さったものであり、光に当たるとまるで光を映し出すようにキラキラと輝きを放つ。


 肌触りがよく羽のように軽いこれをサラン王国の職人たちが丁寧にドレスに仕立ててくれたのである。


「エレノア様! 楽しみですね!」

『はぁぁ。結婚式! 嬉しいわ!』


「皆がエレノア様と王子殿下を見て、歓声をあげることでしょう」

『お二人共美しいもの! 楽しみすぎるわ!』


「楽しみでございますねぇ」

『はぁぁぁ。エレノア様がついに! 王子妃へ! あぁぁ。一生ついていきますー!』


 皆心の中に花が咲いたように、ウキウキとした様子だ。


 晴れやかな心の声はとても明るく、私の心も浮き足立つ。


「皆さん、ありがとう」


 そう伝えると、侍女達は嬉しそうに微笑みその後も、会話は続いていったのであった。


 そうした会話が私の心を落ち着かせていく。


 準備はアシェル殿下と共にしっかりと行ってきた。


 後は、結婚式を恙なく終えるだけである。


 支度が整った私がまず向かうのは神殿であり、これからアシェル殿下との神殿での結婚宣誓式が行われる。


 ここに参加するのは、私とアシェル殿下と国王陛下並びに上級貴族達である。


 緊張する中、私は侍女を伴い向かう。


 神殿の中にすでに国王陛下や他の貴族らは着席しており、後は私とアシェル殿下の入場を待っている。


 入り口に、アシェル殿下が立つ姿が見えた。


 赤い髪が光に当たると煌めき、菫色の瞳が私のことを見て少し見開かれる。


 それから、なんと形容したらいいのだろう。


「エレノア」


 愛おしそうに、目が、声が、私を捕らえる。


 感情が、込み上げてくる。


 大好きだ。私はこの人が、とても、心から大好きなのだ。


「アシェル殿下」


 アシェル殿下が私の手を取り、手の甲へと口づけた。


「あまりにも綺麗すぎるよ」

『あぁ、今日、エレノアを妻に迎えられるなんて、夢みたいだよ』


 やっとだ。


 私は胸がいっぱいになって、アシェル殿下を見つめた。


『狼殿下。ぼん、きゅ、ぼん』


 静かに、ハリー様の心の声が響き渡って聞こえた。


 私はハッとすると、視線をハリー様へと向ける。


「では、皆様がお待ちでございます」


 一気にハリー様によって現実へと引き戻される。


 私とアシェル殿下は視線を交し合いそして、気合を入れると背筋を伸ばして並び立つ。


 ここから、私とアシェル殿下は二人でサラン王国を背負って生きていくのだ。


「いこう、エレノア」


「はい。アシェル殿下」


 扉が開き、そして神殿に敷かれた白いカーペットの上を歩いていく。


 その途端に、たくさんの心の声が聞こえてきた。


『めでたい! サラン王国の未来は明るい!』

『妖艶姫が結婚か。美しいな』

『アシェル殿下、ご立派になられた』


 人々の声は明るく、そして拍手が鳴り響く中を私達は歩き、神官様の前まで歩いていく。


 神官様は私達の前で、簡単に挨拶をしたのちに、口を開く。


「アシェル・リフェルタ・サラン。並びに、エレノア・ローンチェスト。この二名が今日のこの善き日に、神殿の前にて夫婦になる。異を唱える者がいるならば、この時が最後の時」


 少しの間が開く。


 神官様は、ゆっくりとうなずく。


「異の声はない。アシェル・リフェルタ・サランよ。エレノア・ローンチェストに永遠の愛を誓うか」


「誓います」

『もちろん』


「エレノア・ローンチェストよ。アシェル・リフェルタ・サランに永遠の愛を誓うか?」


「はい。誓います」


 私とアシェル殿下との視線が重なり、そして神官様が優しく微笑む。


「では、宣誓とし、誓いの口づけを」


 アシェル殿下の手が私のベールを取る。


 心臓が煩いくらいに鳴る。私はゆっくりと瞼を閉じ、そしてアシェル殿下がそっと私の唇に口づけを落とした。


 その瞬間、神官様が声をあげた。


「ここに、二人の結婚が宣誓された。祝福の拍手を!」


 たくさんの祝福の拍手が鳴り響き、私のことをアシェル殿下は抱き上げた。その瞬間のことであった。


 美しい鐘の音が鳴り響くとともに、神殿の中にたくさんの花々が振り始めたのである。


 貴族達は皆目を丸くしている中、たくさんの妖精達が現れた。


「エレノア、アシェル、おめでとう!」


 妖精達がたくさん飛び交っている中にはユグドラシル様とそしてエル様の姿も見える。


 光と共にたくさんの花々が舞い落ちる。


「綺麗」


「すごいな」


 貴族達はその光景に笑みを浮かべるとたくさんの拍手がまた送られる。


「妖精に祝福されるとは、素晴らしい!」

「なんということだ!」

「こんなにも美しい光景を目にする日がくるとは!」


 たくさんの声が行きかう中、ユグドラシル様が降りてきて私の額に口づけを落とす。


 それからアシェル殿下の方を見て、二っと笑うと、アシェル殿下の額にも口づけを落とした。


「ふふふ。仕方ないから夫婦そろって祝福のキスを送るわ。貴方達がこれからずっと幸せにありますように!」

『妖精のキスは、特別よ! ふふふん! 夫婦でもらえる人間なんて初めてなんだから!』


 エル様も楽しげな様子でユグドラシル様の横に立つと、声をあげた。


「サラン王国に祝福を」

『こうしておけば、誰もエレノアに私がついているとは思わないだろう? ふふふ。これからは自由に王城内を移動してやる』


 そんなことを思っていたのかと驚くと、歓声と共に光に神殿内が包まれる。


 神官様は感動のあまり瞳から涙を流し、その場に居合わせた他の神官様達も祈りを捧げている。


 アシェル殿下が心の中で呟いた。


『わぁお』


 私は思わず吹き出してしまう。


 ずっと、堪えることが多かったけれど、もう耐えられない。


「ふふふ。あははははっ」


 私の笑い声が響き渡り、すると妖精達もエル様もつられるように笑い、そしてアシェル殿下も笑った。


 笑顔に会場が包まれていく。


 その時だった。


「あ、エレノア。良い物持ってきたんだった」

『結婚祝いにあげようと思っていたのよ!』


 なんだろうかと思ったその瞬間、ユグドラシル様が指をパチンと鳴らした。


 すると、私の目の前に大きな花が現れる。


 時の花だった。


 甘い香りが会場内に包まれた瞬間に、バタバタと人が倒れていく。


 一体何が起こっているのだろうかと思っていると、ユグドラシル様が言った。


「プレゼント。ふふふ。エレノア。未来はきっと幸せに包まれているよ」


 花が揺れた瞬間、神殿の中へと駆けてくる二人の姿が見えた。


 アニスとルイス?


 ユグドラシル様達と一緒にこっそりと見ていると言っていたはずなのに。


 そこで異変に気がついた。


「あれ? ユグドラシル様が、二人?」


 にっと笑うユグドラシル様の姿が揺れた。その瞬間視界が虹色で包まれる。


 体がふわりと浮いたようなその感覚に驚いていると、アシェル殿下の腕が私を引き寄せた。


「エレノア」


「アシェル殿下?」


 ふわふわと体がどこかへと引っ張られるように、飛んでいくようなそんな感覚。


 なんだろう。


 そう思った時、温かな日の光が差し込むのを感じた。


 穏やかで温かな雰囲気とそして優しい子どもを寝かしつける子守唄


「生まれてくれてありがとう。愛しい子」


 穏やかな声。


 そしてたくさんの祝福の心の声が響いて聞こえてきた。


『めでたいことだ』

『すばらしい! 国王陛下と王妃殿下もお喜びだ』

『サラン王国は、これからもきっと繫栄していくだろうな』


 煩わしかった心の声が澄んで聞こえ、そして私の胸の中を駆け抜けていく。


 心の声が聞こえることは、私にとっては呪いだった。


 自分には平和な未来なんて来ないのだと何度も思った。


 あぁ。そうか。私はずっと自分の未来に不安だった。だけれどアシェル殿下と出会って未来に希望を抱くようになった。


「……これは、私の未来なのね」


 ユグドラシル様が光の中で私の元へと飛んでくると、額に口づけを落とす。


「エレノア。もう不安に思わないでいいわ。ふふふん。ほら、結婚式にぴったりの素敵なプレゼントでしょう?」

『貴方には笑顔が似合うもの。アシェルは気に喰わないところもあるけれど、貴方が選んだ人だから、だから……ふふん。認めてあげる』


 その時、私の手を優しく握る感覚がした。


 振り返ると、そこにはアシェル殿下がいる。


「エレノア!」


 名前を呼ばれ、そしてぐいっと引かれた瞬間、私はぱちりと目を開けた。


 そこは緑と色とりどりの花々に包まれる妖精の庭であった。


 だけれど、自分達が知っている妖精の庭とは少し雰囲気が違う気がして、私とアシェル殿下は顔を見合わせた。


 そんな私達の横にはアニスとルイスの姿もあった。


 ユグドラシル様が連れてきたのだろうか。


「ここは……ここはもしかして」


「元の、時代?」


 二人は瞳を輝かせると、ユグドラシル様に向かって声をあげた。


「「ここは元の世界⁉」」


 ユグドラシル様はうなずくと、二人はすぐに駆け出しそうになるが、それを二人の服を掴んで止めた。


「待って待って。行く前に話すことがあるわ」

『大事なことよ』


 ユグドラシル様はニッと笑みを浮かべると、私達の方へと手を指し伸ばした。


「二人とも、十年前のエレノアとアシェルにさよならを言って」

「「え?」」


 きょとんとした表情を浮かべる二人にユグドラシル様は言葉を続ける。


「記憶っていうのはとても面倒くさいものだから、過去に戻った記憶は忘れなければいけないの」

『じゃないと、時空が面倒くさくなっちゃうの。世界の均衡の為よ。まぁ人間には分からないでしょうけれどね』


 アニスとルイスは驚いた表情を浮かべてから、私とアシェル殿下を交互に見て、それから小さく息をつく。


「そっか……」


「うん。……覚えてちゃいけないってことか」


 二人は私達を見てから真っすぐな瞳で言った。


「私、これまで自分のやりたいことばかりしてきたみたい……今回過去に来てそれに気づいたわ」


「僕も。それに、王族としての覚悟も……足りなかったみたい」

真っすぐにこちらを見つめ、それからアニスとルイスは私達と抱擁を交わす。


「ありがとう。エレノア様。アシェル殿下」


「ありがとう。忘れてしまうけれど、未来で待っているね」


 小さくて温かくて、少し生意気で、でも可愛らしい二人。


 未来で会えるけれどやはり少し寂しく感じる。


「元気で。ふふふ。二人に会えるのが楽しみです」


 私がそう伝えると二人はうなずき、私達の頬にキスをした。


「「またね。お母様、お父様!」」


 アニスとルイスはそう言うと、笑顔で駆けていく。


 するとユグドラシル様が私の肩に座る。


「二人の記憶からも消えるけれど、でも心には刻まれているから」


『ふふふん。私、いいこと言ったわ』


 そう言うとユグドラシル様は指さした。


「ほら、見て」


 声が響いて聞こえてきた。


「アニス! ルイス!」


「あぁぁ。無事で、無事でよかった!」


 走っていくアニスとルイスを、抱きしめる二人の影が見えた。きっとそれは未来の私とアシェル殿下なのだろう。


「お父様……お母様ぁぁぁ」

「うわぁぁぁぁんn」


 泣きじゃくりながら二人がしがみつく。


 きっとこれまで我慢していたこといっきに溢れ出たのであろう。


「無事で、良かった」

「心配したのよ。本当に、本当に!」

「「ごめんなさいぃぃぃ」」


 抱きしめあうその姿に、私はほっと息をつくと、ユグドラシル様が言った。


「やっと、この未来につなげられた。ほんっとーに、大変だったわ」

『何度未来を行き来したことか。でも、やっとうまくいって良かったわ』


 アシェル殿下がその光景を見つめながら尋ねた。


「なんであの二人だったの?」


 するとユグドラシル様は言った。


「一つは道の案内人として。もう一つは、ノアに剣を返すため」

『時の花の香りは、時を渡った者しか覚えていられない。それに、ノアは……ずっと二本の剣で戦うことが出来なかった。それを可能にさせられることが出来たのは、あのタイミングであの子どもたちだけだった』


 ユグドラシル様は笑い、それから言った。


「じゃあ、これでおしまい。さぁ、二人も、元の時代に帰すわ。色々辻褄が面倒な所の記憶が抜けお落ちたりしているけれど、まぁ気にしないで!」

『そこまで考えてなかったわ』


 最後までユグドラシル様はユグドラシル様だなぁ。そう私達は思い小さくため息をつく。


 だけれど、間違いなくユグドラシル様は私達の味方だ。


「「ユグドラシル様、ありがとうございます」」


 そう伝えると、歯をニッと見せて笑いうなずいた。


 次の瞬間、私とアシェル殿下は光で包み込まれ、そして景色が一転する。


 光の環をくぐり、そして次の瞬間鐘の鳴る音が盛大に響いて聞こえた。


「おめでとうございます!」

「素晴らしい日ですわ」

「めでたい! あぁ、なんとお似合いの二人だ!」


 拍手が鳴り響き、私は目をぱちくりとさせ、それからハッとアシェル殿下の方へと視線を向ける。

 お互いに、一瞬きょとんと間が開く。


「アシェル……殿下」


「エレノア……ふふふ。なんだろう。何かあったね。でも、とにかく今は皆に答えようか?」

『あー。なんかふわふわするし、なんだろうなぁ。何かあったなぁ』


「そう、ですね!」


 何かあったのは確か。けれど、今は皆からの盛大な拍手に答えなければならない。


 私達は笑顔でそれに答えていく。


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