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24話

 結婚式の準備が整い、いよいよ来賓の方々がサラン王国へと訪れる。


 私達はそれを迎え入れながら、一日後に迫る結婚式に向けて最終確認をしていく。

「いよいよだね」

『き、緊張するー!』


「はい!」


 私とアシェル殿下のすることなんて、もうほとんどない。


 下準備は出来るだけ行った。


 不備はない。そう思うのだけれどそれでも多少の不安があった。


「大丈夫、だよね」


「わかります……なんだか、ちゃんとやったと思うのに、本当にちゃんとできているか不安になってきますよね」


「うん。そうなんだよ。でも、大丈夫だ。ハリーからも太鼓判おされたからね!」


「そうですよね!」


 私とアシェル殿下は手を取りあうのだけれど、やはり不安になってその後、結婚式までの流れをもう一度確認し合った。


 部屋がノックされ、私達の元に書類を運んできたハリー様は、そんな私達の様子を見つめてため息をついた。


「ご心配なく、何も問題はありません」

『子犬殿下、ぼん、きゅ、ぼーんの心配性』


 私達は苦笑を浮かべ、それからハリー様に来賓の方々の話を聞いていく。


 現在は荷物などの運び入れや、婚姻の祝いにと各国からの贈り物の選別が使用人達によってされている


 何が送られてきたのか、その内容を私とアシェル殿下は聞き、結婚式後の挨拶の際にしっかりとそのお礼が出来るようにと頭に叩き込んでいく。


 そしてそれが終わったところで、準備が全て整ったことを私とアシェル殿下は国王陛下並びに王妃殿下に報告へと向かう。


 基本的に国王陛下も王妃殿下もこれまで公務的な関りはしているけれど、私的な話をしたことはない。


 そんな二人への謁見。


 謁見の間にて私達は入城し、お二人の到着を待つ。


 心の中でアシェル殿下が呟いた。


『ふぅ。緊張するねぇ。二人とも、僕にとってはいつも王とその妃だからさー。父上母上っていう感じが薄いんだよなぁ』


 その時、お二人が現れると、席へと着く。


 結婚の報告は基本的にアシェル殿下が伝える手はずとなっているので、私は横に控えているだけ。だけれどやはり緊張していると、お二人の心の声が聞こえてきた。


『大きくなったものだ。アシェルが結婚か……妖艶姫……美しい妃を迎えたなぁ……あぁ、ルーシェを妻に迎えてからもう、そんなに時が流れるか……娘……そうか。私に義娘が出来るのか。ふむ。うむむむ。中々に、いい』


『厳しく育てたのにも関わらず、腐ることなく凛々しく育ちましたね。……寂しい。寂しぃー! はぁ。これまで我慢に我慢を重ねてきましたが、今日くらい心の中で叫びましゅう! 寂しい! 母は、息子の、結婚が、寂しい!』


 お二人と会う時は基本的に真面目、そして手短にが基本だったので、このような二人の心の声に、私は驚いてしまう。


 今まで、全くそんな素振り見せたことがなかったのに……。


 心の中で私が盛大に動揺しているとアシェル殿下が二人に軽く挨拶をして報告をし始める。


 それを聞きながら二人は、真面目な顔で、あぁとかうむとか答えている。


『だがせっかくだ、妻のルーシェとも久しぶりにゆっくりしたいものだ。その為には早く王太子にして、いやもう、国任せるか』


『アシェル。本当に大きくなって。立派になったわ。うぅぅ。あ、でもそうね。義娘が出来るのは素直に嬉しいわ。これまで私も政務に忙しくて関われなかったけれど……そうよね。王妃としての心づもりを教えるっていう意味なら、えぇそうよね。一緒に買い物とか、観劇とか、えぇいいわ。そうしましょう』


 いつもは仕事のことが思考を埋め尽くし、こんな風に考えない二人だ。


 もしかしたら、国王陛下も王妃殿下も私達の結婚式で多少なりとも心境の変化があったのだろうか。


 それにしても、国王陛下がルーシェ王妃殿下の方をちらちらと見つめている。


 そして王妃殿下は私のことをちらちらと見つめている。


 その様子に、アシェル殿下が口を開いた。


「国王陛下? 王妃殿下? 」


「あぁ。聞いている。ではそのようにな」

『ルーシェと二人きりで旅にでるというのもいいな』


「えぇ」

『お出かけ行きたいわね。えぇそうよ。女同士ですもの。ふふふ。なんで早く思いつかなかったのかしら。それもこれも王妃の仕事が多すぎるのがいけないのよ。うむ。そうね。エレノアに負担をかけないように、効率化と仕事の軽減もしておきましょう』


 二人の心の声に、初めて人間味を感じた。


 国王と王妃。その重責によって常日頃は気を張り、仕事のことばかりを考えている。


 だけれど私達の結婚式をきっかけに、少しばかり二人の心内を知ることが出来た。


 その後部屋へと下がった私は、笑いが堪えきれなかった。


「エレノア? どうしたの?」


「いえ。ふふふ。今まで知りませんでしたが、アシェル殿下ってお二人によく似ているんだなってやっと知れたんです」


「え? どういう意味? もしかして、父上と母上……変なことでも考えていたの?」


「いえ、変なこと、ではないですよ?」


 私は微笑む。アシェル殿下の優しくて可愛らしい所は確かにご両親に似ているのだなとそう思った。


「ちょっとうらやましくなりました」


 アシェル殿下は口元に手を当てて考えると、肩をすくめた。


「なんだろう。両親が何を考えているのかって、知りたくない気持ちの方が大きいや」


 その言葉に、私はまた笑いが込み上げてくる。


 たしかに、あの威厳のあるお二人の可愛らしい心の声にはアシェル殿下の中にあるイメージを壊してしまう可能性がある。


 ただ、私はお二人の心声をずるいかもしれないけれど知れてよかった。


「今度、王妃殿下に、王子妃教育のご指導をいただこうかなって思います」


「え? 母上……厳しいよ? めっちゃくちゃ!」


「ふふふ。頑張りますね!」


「うーん……ほどほどにね?」


「はい!」


 仲良くなれたらアシェル殿下の小さい時の話なども聞かせてもらえるかなと、そう私は思った。


 あと、出来たら国王陛下とのなれそめとかも聞いてみたいなとふと思う。国王陛下の心の声は王妃殿下への愛おしさが詰まっていて、あぁ、王妃殿下はこんなにも愛されているのだなとそう思ったのだ。


 その後、私とアシェル殿下はもう一度ハリー様を交えて最終確認をしていく。


 時間はいつもと同じように流れて行っているはずなのに、今日はすごく早い気がする。


 明日に備えて私達は早めに眠ることにして、早々に夜の準備を済ませ自室へと下がる。


 けれど眠気が来ることはなく、私は窓を開けるとしばらくの間、耳を澄ませて遠くの空を見つめた。


 王城内にある、一角の会場では来賓の方々のもてなしが行われている。


 にぎやかな声と音楽が私の部屋まで聞こえてくる。


 それを聞きながら、私は明日はやっと結婚式かと感慨深くなる。


「アシェル殿下と、私は幸せになりたい」


 そう願ってから、ここまで来るのに、あっという間だった。


 これまで色々なことがあった。


 誘拐されたり、獣人の子ども達を救ったり、妖精と仲良くなったり、古代竜が大暴れしたり、記憶を失ったり。


 そして今は、未来の子ども達が自分達の元へと訪れたり。


 思い返してみれば、自分の人生ここまでで波乱万丈すぎる。


 瞼を閉じて、私は思い出す。


「悪役令嬢エレノア……」


 彼女の物語はこの世界とは違う。


 ずっと、怖かった。


 自分が悪役令嬢になるのではないか、いずれ悪役令嬢エレノアのように断罪されてしまうのではないか。


 それに人の心の中が読めるという能力は、私の心を蝕んでいた。


 だからいつか自分の心が壊れてしまうのではないかと、そう思っていた。


 私の一生が、誰からも愛されることも愛することもなく、断罪されるか心が壊れてしまうか。そんな未来しか考えられなかった。


 でも、私の前に、アシェル殿下が現れて、そして私の世界は一変した。


 太陽のように明るく、春の木漏れ日のように温かな、アシェル殿下との出会い。


 そして、私は明日、アシェル殿下と結婚するのだ。


「ふふふ。嬉しいな」


 過去の不安は消え去り、私は、もう悪役令嬢エレノアの姿に怯えていない。


 私は私で、明日からはエレノア・リフェルタ・サランとなる。


 呪縛から解き放たれるような、そんな、感覚。


 私は空を見上げて呟く。


「さようなら。悪役令嬢エレノア」


 自分の声が夜空に溶けていく。


 あぁ。やっと私は、私になれるような、そんな気がした。


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