23話
温かな日の光の中で、優しい風が吹き抜けていく。
「でも……今日はのんびりしよう」
「はい」
頑張りすぎは良くない。
お互いに頑張りすぎてしまう所がある私達だからこそ、二人きりの時間は少しばかり休憩だ。
そして、もうまもなく、サラン王国には次々と各国の来賓が押し寄せる。
いよいよ結婚式が近づいてきている。
「楽しみ」
結婚したら、何か変わるだろうか。
そう思うと、少しばかり緊張もするけれど、アシェル殿下との結婚式は楽しみでならなかった。
結婚式の準備自体はすでに恙なく終えられている。
後はいよいよ本番に向けての最後の仕上げだけとなっている。
私とアシェル殿下の結婚式は各行事合わせて一か月ほどかかる。
まず、神殿での婚姻の宣誓式、サラン王国の貴族や来賓に対してのお披露目の王城での婚姻式、それが恙なく終われば国民へとそれを報告する婚姻報告式。国民報告式に至っては、主要都市に向かい国民皆に報告するということもあってそれだけで一週間ほどかかる。
そこから王城に帰り、各貴族・来賓との交流式があり、夜が中心の舞踏会となっていく。
アシェル殿下と夫婦になって初めての舞踏会は、自分達の立場を固めるものでもある。
私と結婚することは、ローンチェスト公爵家を後ろ盾として得ると言うことであり、それはつまりアシェル殿下の王太子と成る道がほぼ確定するということだ。
これからはそうしたことも含め、私達を見る目は変わるだろう。
「さて、エレノア。ちょっと散歩でもしない?」
「ふふふ。もちろんです」
アシェル殿下は立ちあがると大きく背伸びをした。
婚約したての頃よりも私達は距離が近くなったように思う。
「行こうか?」
『ふんふんふーん』
アシェル殿下が心の中で鼻歌を歌う。
知り合ったばかりの頃の姿が重なりあった。
アシェル殿下にエスコートされながら王城の庭を歩きだす。
あの頃よりも、私達の距離は縮まりそして中も深まった。そう思うと感慨深いものがあった。
「アシェル殿下、大好きです」
不意にそう伝えたくなり呟くと、アシェル殿下が足を止める。
「え? どうしたの?」
『突然、可愛すぎること言わないで。ドキドキするよ』
私は笑うと、アシェル殿下の腕をぎゅっと抱き込む。
「ふふふ。なんだか伝えたくなったんです」
ぴとっと引っ付く私を見て、アシェル殿下が周囲へと目配せをすると侍女や騎士達は、控えていた場所からすっと下がる。
アシェル殿下は、私のことを抱きしめると優しい声で言った。
「僕も大好きだよ」
『あーもう! あんまり可愛いの禁止! 僕の心がもたないよ!』
お互いに見つめ合い、そしてそっと唇を重ね合わせる。
心臓がうるさい。
そう思っていた時だった。
ガサリと物音がして慌てて私達は離れるとそちらへと視線を向けた。
じっと見つめていると、観念したかのようにアニスとルイスが自分の目を手で覆って姿を現した。
「何も見てないわ」
「なーんにも、見てません」
私は恥ずかしくて両手で顔を抑えると、アシェル殿下が声をあげた。
「ふーたーりーとーも!」
『わぁぁぁぁ。恥ずかしいいいいい!』
二人は両手をあげた。
「ごめんなさーい!」
「わざとじゃないよ!」
そして走って逃げていく。
私は恥ずかしさからその場でしゃがみこむ。
「もうー! 二人ったら……恥ずかしすぎます」
「本当に……」
アシェル殿下の手を借りて私は起き上がるけれど、しばらく立ち直れなかった。
するとまたガサリと音がしたかと思うと、草むらからハリー様が立ちあがった。
「すみません……アニス様とルイス様に巻かれました。こちらに来ませんでしたか?」
『一号二号め』
頭に葉っぱを乗せながら眼鏡をかちゃかちゃと鳴らすハリー様。
かなり苛立っている様子である。
「大丈夫? ハリー」
「大丈夫……ではありません」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
初めて、ハリー様の心の声が荒れている。
だけれど、一瞬でハリー様はそれを引っ込めると言った。
「竜の庭が完成したとの報告がありました。皆へのお披露目も結婚式前にしていたほうがいいかもしれません」
『おしゃれ竜』
ハリー様の心の声に、私は笑いそうになるのをぐっと堪えた。
このおしゃれ竜というハリー様のあだ名付けの理由がよくわかる。
実は、セリルがサラン王国の保護下にあることを知らしめるために、首輪をつけてもらうことになったのだけれど、この首輪にセリルが色々と注文を付けたのである。
色、装飾、宝石、一つ一つを自ら確認し、そして何回もやり直しがあった後にやっと出来上がったのである。
ハリー様はその手配がよっぽど大変だったのか、それ以来、セリルのことを“おしゃれ竜”と心の中で呼んでいるのだ。
ただ、選び抜いた首輪だからこそ、セリルは出来上がるとすごく嬉しそうに首に着けていた。
気に入ったのならよかったなと私はそう思ったのだけれど、その後すぐにカルちゃんと大喧嘩をしていた。
最近仲良くなった二人だけれど、ことあるごとに喧嘩をするから大変である。
ただ、ノア様はそんな二匹の様子を眺めながら楽しそうに微笑んでいるからまぁ、大丈夫なのだろう。