20話
箱は空中で巨大化し、その中で黒い何かがうごめいているのが見える。
一体何が起こっているのだろうかと思っていると、ユグドラシル様は呟いた。
「人間って恐ろしい生き物だわ。こんな恐ろしいモノを生み出すんだから」
『はぁ、封じの箱やっと出来上がって良かったわ。間に合った』
箱は次第に小さくなり始め、ユグドラシル様はそれをキャッチすると私の元へと飛んできた。
「ふぅ。疲れた」
『あー。もう。ノアの為に私今回すごく頑張ったわ』
ユグドラシル様は私の肩にちょこんと座ると、ノア様達の方を指さした。
「大変だったけど、あれだけ喜んでたら、まぁ、許すわ」
『ほんとーに、大変だったけどね!}
一体どういう事だろうかと思いながらもノア様の方へ視線を向けると、竜が、ゆっくりと頭を持ち上げたのが見える。
そしてノア様が手を伸ばすと、その手に頭を摺り寄せた。
「王子……申し訳ありません」
『あぁ。なんという大罪……』
人の言葉が喋れることに驚いていると、ノア様の瞳から涙が零れ落ちた。
「生きて……生きていてくれて……ありがとう」
『あぁ。神よ……感謝します』
竜はノア様にすりよっている。
それを見つめ、私はエル様に声をかけた。
「エル様。様子を見てきていただけますか?」
「あぁ。分かった」
『体の怪我も酷いな』
エル様は飛んでいき、大丈夫だろうかと思いながら、私はユグドラシル様に尋ねた。
「何があったんです?」
するとユグドラシル様はふふふっと笑い声をこぼす。
「教えてあげるけど、ちょっと休憩。私とっても疲れたの。おやすみなさい」
『ふわぁぁぁ。本当に大変だったわぁ』
そう言うとユグドラシル様は私の肩の上で眠ってしまう。
何があったのか真相は分からなかったけれど、ユグドラシル様がノア様の為に何かしらを行動したのだと言うことだけは分かった。
「ユグドラシル様……おやすみなさい」
そう一言言って、私は手にユグドラシル様を抱きかかえなおしたのであった。
残党達は無事に捕縛し、騎士達に連れられて行った。
今後取り調べがなされる予定だけれど、どうやらナナシの一件の後、追われる身となり、その後この山に竜がいるという情報を得たらしい。
そして、生計を立てるために竜をとらえる計画だったらしい。
だけれども竜の元へとたどり着けず、そんな時に見つけたのがノア様だったようだ。
竜人には竜の居場所が分かる。だからこそ、道案内の為に捕まえたと語っていた。
私達は一度町の宿屋へと戻ることになった。ただ、ノア様とカルちゃん、エル様、そして竜はその場に残ることになった。
「エレノア様……わがままを言ってしまい申し訳ありません」
『エレノア様の護衛だというのに……』
その言葉に私は首を横に振った。
「いいえ。エル様が今竜の治療をしていると聞いています。とにかく元気になるのが一番ですから。傍に居てあげてください」
「ありがとうございます」
ノア様はほっとした様子でうなずくと、竜の方へと戻っていく。
今は目を閉じているが、命に別状はないとのことであった。
「よかった」
「そうだね。じゃあ、一度戻ろうか」
横にいたアシェル殿下にそう言われ、私は返事を返す。
「はい。でも、本当に竜が生きていて……よかったです」
そう言うと、アシェル殿下もうなずく。
「そうだね。さーて、一度宿屋に帰ったら今後のことを話そうか? 竜の住まいも決めないとだからねー」
『食費……どのくらいかかるんだろう』
アシェル殿下の心の声に、私も苦笑を浮かべる。
あの大きさだから相当食べるだろうなと思いつつ、すでにサラン王国での居住区のことまで考えているのだなと思った。
私達はその後山を下り、そして宿屋迄帰るとさすがに皆疲れ切っていた。
その後各自部屋へと戻ると、夜の支度を済ませた後は泥のように眠ったのであった。
ただ驚いたのはその翌日だ。
「エレノア様! おはよう!」
「竜! 竜を早く見に行こう!」
朝一、侍女が起こしに来る前に瞼を開けるとそこには二人がいた。私は、そんな起こしかたをしてくるのはユグドラシル様くらいだったので、すごく驚いた。
「お、お二人とも、朝の時間に突然部屋に来てはいけませんよ」
そう告げると、二人は唇を尖らせる。
「「ごめんなさーい」」
王族として大丈夫なのだろうかと心配になると、アニスが言った。
「お母様とお父様以外にはこんな朝から突撃なんてしないわよ」
「そうそう」
それもどうなのだろうかと思ってしまう。
将来の自分のことが少し不安になってしまう。
「もう、煩いわねぇー」
『ふわぁ。まだまだ眠りたいのに』
私のベッドの横のふわふわのクッションの上で眠っていたユグドラシル様は大きく背伸びをした。
「ユグドラシル様おはようございます」
そう告げた後、二人に向かって私は言った。
「あのね、両親であろうとも、王族としてもう少し」
そう話をしようとした時、ユグドラシル様が空中を飛びながらケラケラと笑った。
「エレノア。大丈夫よ。その子達、ちゃーんと猫かぶるの上手だから。王族としての立ち振る舞いも問題ないわ。さすがアシェルの子どもね」
『親子そろって猫被るのが上手だこと』
その言葉を聞いて、アニスとルイスが声をあげた。
「ユグドラシル様! っていうことは、ユグドラシル様は僕達の知っているユグドラシル様ってこと⁉」
「もう! すごく困ったのよ! 一体今までどこに行っていたの⁉」
声を荒げてユグドラシル様を追いかけまわす二人。
にぎやかだなと思いながら、私は小さく息をついて言った。
「アシェル殿下も読んで、一度話をしましょう? ユグドラシル様いいかしら?」
するとユグドラシル様は私の肩に座るとうなずいた。
「もちろん。でも、お腹すいたからご飯食べたーい」
『もうぺっこぺこ~』
一体何がどうなっているのだろうかと思いながらも私はうなずき、その後朝の支度を済ませ朝食を食べることになった。
朝食は宿の客間の一室を貸してもらい、そこで皆で取ることになる。
机の上にはたくさんのご馳走が並び、少し疲れた様子のアシェル殿下とも合流する。
「お疲れのご様子ですね。大丈夫ですか?」
皆が食事を食べ進める中私はそうアシェル殿下へと問いかけた。
「大丈夫だよ~。ただ、色々と後処理が面倒でね。……ふぅ。ちょっと疲れちゃった」
『はぁー。しんどいしんどい』
椅子に背もたれながら息を吐くアシェル殿下に私は心配になり侍女に、アシェル殿下が好んで飲む飲み物の準備をお願いする。
「私にも何かお手伝いできることはありますか?」
その言葉にアシェル殿下は心の中で答える。
『一応他にも残党がいないか、心の声を聞いてみてもらえる? ごめんね。嫌な役目を』
私にできることならば、なんだってする。
アシェル殿下はいつも頑張りすぎるので、手伝えることがあるならば手伝いたいのだ。
うなずきかえし、その後、食べ終えた私達はユグドラシル様に話しを聞こうとしたのだけれど、ユグドラシル様は飛び上がると言った。
「さて、じゃあそろそろ竜の所に行きましょうよ。私が道を開けてあげるから」
次の瞬間、ユグドラシル様がパチンと指を鳴らすと、きらめく美しい扉が現れる。
扉がゆっくりと開き始め、ユグドラシル様はその中へと飛んでいく。
「よし! 行こう!」
「えぇ!」
アニスとルイスは止める間もなくすぐにその扉を通って行ってしまう。
その背中を見送った私とアシェル殿下は顔を見合わせる。
「……将来さ、もう少し、厳しく育てた方がよくないかな?」
『危険に突っ込むタイプじゃないか……』
「同感です」
私達はうなずき合い、将来の自分達を少し見直そうとそう思ったのであった。






