19話
一体何が原因なのだろうか。体を蝕む何かが、あるはずだ。
竜の体をじっと見つめていた時、聞こえた。
『胸が……胸が痛い……いたいたいたいたいたいたい』
胸?
私はじっと胸付近を見つめた時、そこに、一枚鱗の色が違う場所があることに気がついた。
あれは何? そう思い、私はノア様に向かって言った。
「竜が……竜が胸を苦しがっています。痛いと言っています! ノア様、胸の所何か異変を感じませんか?」
私がそう尋ねると、ノア様は竜の方を見て、それから目を凝らす。
『胸? 苦しがっている? ……エレノア様の……いや、それを考えるのはやめよう。言われたことを俺は信じて突き進むだけだ』
竜の鱗の色の変化に気付いたノア様は唇をぐっと噛むと、低い声で呟いた。
「くそっ……」
『射られた弓に、意識混濁の魔術がかけられていたのか。だから、だから……』
ノア様は呼吸を整えると、言った。
「弓矢に意識混濁の魔術がしこまれていたのでしょう。それがあたった箇所の鱗から侵入し、体を蝕み続けていたのだと思います。普通は、立っていられたないはずが……強いからこそ、倒れなかった」
『仲間が倒れていく中……』
その声に、アニスはノア様に手に持っていた剣を差し出した。
「これを使って。ノア様」
「あ、僕の、これも!」
二人に差し出された剣。それをノア様は受け取ると両手に構える。
「エレノア様、行ってきてもよろしいですか」
『ふっ。二本の剣を使い戦うのは……あの時ぶりか……この子達は、どうして俺が双剣使いだと知っているのか。また謎が増えたな……竜を止めなければ……もしもの時には……その命を……』
ノア様の表情から優しさが消えていくのを感じ、私はその頬に触れた。
優しいノア様の心の声が次第に、昔に引っ張られていくような感覚。
「ノア様。こちらを見てください」
真っすぐにこちらを見るノア様。私の言葉に訝し気に眉間にしわを寄せた。
そんなノア様に、私は伝える。
「竜を、助けてきてください」
私の言葉にノア様の瞳がゆっくりと見開かれる。
「ですが……」
『もしもの場合は』
優しい人だから、いつも自分の気持ちは押し殺してしまう。
本当は助けたいのに、でも、私達を最優先にしてしまう人。
私は指さした。
「見てください。アシェル殿下を。ノア様の仲間の騎士達を」
そこには、残党達を捕縛しながらも竜を傷つけないように動くアシェル殿下達の姿がある。
アシェル殿下が声をあげ指揮する。
「残党には後は少数で対処できるだろう! 班を分ける! 行けるな⁉」
『ノア! ノアよかったね! 君の大事な仲間の一人がここにいた! 絶対に傷つけないで保護するぞ! よーし、頑張るぞぉ!』
気合を入れているその声は聞こえていないはずなのに、騎士たちお連動している。
『おぉぉ! 絶対に竜も捕まえるぞ! 今はなんだかおかしいようだが、きっと落ち着けばノア殿が分かるはずだ!』
『何ということだ。生き残りがいたのか! 助ける!』
そうした心の声が、今、その場には響き渡っている。
私には分かる。ノア様のことを皆が思い、ノア様の仲間を助けようとしているということが。
それを見つめ、ノア様は呆然とする。
「何故……」
「ノア様の仲間だからです。竜も、そしてアシェル殿下や騎士様達も」
私の言葉に、ノア様はじっとそちらの方を見つめた。
『仲間……あぁ、そうだ。仲間だ……ははは。そう思っている。あぁ……』
ノア様は剣を空中へと投げると、その間に自分の両頬を手でパンっと思いきり叩く。
そして落ちてきた剣をつかみ取り構えを取った。
「エレノア様。ありがとうございます。仲間を……救ってきます」
覚悟を決めたノア様の言葉に私はうなずく。
「はい。ノア様。無事に、帰って来て下さい」
「行って参ります」
「ノア! 私も行くよ!」
ノア様の肩にカルちゃんが飛び乗る。
ノア様は先程とは打って変わった明るい表情で駆けていく。
それを見つめながらアニスとルイスは、私の手をそっと握った。
「どうしたのです?」
そう尋ねると、二人は駆けていくノア様の背中を見つめながら呟いた。
「私、お父様やノア様やお母様って、悩みとか……そうしたことなんて、ないんだって、前だけいつも見ているって思ってた」
「ノア様は強くて困難なことなんて何もないと思ってた」
その言葉に、私は微笑む。
「悩んでばかり……ふふふ。私も。でも、そうやって悩んで選択してここまできました」
じっと見つめる姿に、何を考えているのだろうかと思う。
「不思議ね……いつもは聞こえるから……何を考えているのかしらって、そう思う自分がおかしな感じがするわ」
そう伝えると、二人はふふふっと笑い声をこぼす。
聞こえないからこそ、こういうふうに過ごせる。
私達はじっとアシェル殿下達の姿を見守った。
アシェル殿下の元へと駆け寄ったノア様。
「ノア! 大丈夫かい⁉」
『さっきまでふらふらだったし無理しなくてもいいのに!』
「大丈夫です! エレノア様から、胸元の鱗が元凶かもしれないとの話を聞きました! 手伝っていただけますか⁉」
その言葉にアシェル殿下はすぐうなずき皆に伝える。
「私とノアで竜を対処する! 半数は残党の捕縛、残りは私とノアの援護を! 竜を助けるぞ!」
「「「「おおおおお!」」」」
皆が呼応するように声をあげ気合を入れる。
残党達は逃げ回りながら、騎士達にどんどんと捕縛されて行っている。
ノア様に首輪のスイッチを持っていた男も、今ではすでに押さえつけられ縄をかけられている。
「すごいな……騎士が本気で戦っているの始めて見たよ」
ルイスはそういうと、拳を強く握って背筋を伸ばす。
「ずっとさ、戦うのは嫌だったんだ。怖いし、練習は辛いし……でも、そっか……守るために戦うのか……」
その言葉に、アニスもうなずく。
「うん……私もちゃんと、剣を持つ意味、分かっていなかった。これまでは楽しかったからやってただけだった」
二人の言葉に私は口を開く。
「これまで、アシェル殿下にもノア様にも騎士様達にも、たくさん助けてもらいました。今私がここにいられるのも皆さんのおかげだと思います」
「「え?」」
二人は少し驚いた顔をして、私のことをじっと見つめてくる。
「エレノア様も……危険なことがあったの?」
「なんで? だって、公爵令嬢でしょう?」
私は笑顔を向けて、それから視線をアシェル殿下達の方へと向ける。
「色々ありました。危機と対峙したことも何度もあります。でも、その度に、乗り越えてこれたのは私のことを想ってくれる人がいたから」
二人は私の視線を追うように目を向ける。
騎士達が竜の翼に縄をかけ、そしてアシェル殿下とノア様が協力して竜の爪をよけながら、胸の鱗へと手の伸ばす。
それ見つめ、私は竜の心の声を聞き取って叫ぶ。
「尻尾に気を付けてください!」
アシェル殿下とノア様が私の声に反応して、竜と距離を取った瞬間、尻尾がその場に打ち付けられる。
「エレノアありがとう! はぁ、お転婆な竜だなぁ。ノア! 僕は後ろからいく、ノアは正面から頼む!」
『中々大変だな!』
「はい!」
『あの、鱗にさえ手が届けば!』
私はどうにか竜が一瞬でも大人しくならないかとそう思った時、カルちゃんが竜の体を駆け上っていく。
「私が竜の目をふさぐ!」
そして竜の顔面にカルちゃんが張り付いた瞬間、竜は視界に邪魔な存在がいることによって、前足を顔へと向けばたつかせる。
その瞬間、アシェル殿下と他の騎士達が竜のしっぽを押さえつけ、足元を縄で駆けて地面へと転がした。
ノア様は竜の体に飛び乗り、そして次の瞬間、胸の鱗を勢いよくはがした。
――――――ぐわぁぁぁぁぁっぁぁあ
耳を劈くような竜の雄たけびが響き渡る。
竜の鱗を手に持ったノア様。だけれど、次の瞬間その鱗から黒い色の何かが溢れ始めた。
一体何が起こったのかと、皆が騒然とした時、光の弓矢のような速さでその手元に向かって飛んでいく存在が見えた。
「ユグドラシル様⁉」
私が叫んだ時、ユグドラシル様はノア様の手から鱗を奪い、光を放つ箱の中へと入れ空中へと投げた。






