16話
私はアシェル殿下と共に馬に乗り、アニスとルイスはそれぞれ馬に跨った。
その姿は凛々しく、アニスの余裕のある乗馬姿勢は見事なものであった。
アシェル殿下小さな声で呟く。
「まだ十もいかない女の子なのに、アニスは馬に慣れているようだね。すごいや」
『ちょっと……心配だけど』
「アシェル殿下、私未来でアニスと一緒に乗馬の練習をして乗れるようになるそうですよ?」
「え⁉」
『エレノアが……一人で、馬に? えぇぇ……僕、エレノアと一緒に馬に乗るの好きなのに』
その声に私は笑い声をこぼし、アシェル殿下に身を寄せた。
「私もアシェル殿下と一緒の乗馬好きですよ。とっても安心感があります」
「一緒にいられる時間ってさ、限られているから、馬に乗ってこうやって喋るのも好きなんだよね」
『一番近くでエレノアとお喋り出来るのが特別感あるしさ』
可愛い人だなと思いながら、私も同じ気持ちだなと思う。
こうやって至近距離でお互いの体温を感じながらお喋り出来るというのは、とても心地がいい。
「アニスと一緒に練習するらしいので、それまではこうやって一緒によろしくお願いしますね」
「もちろん~。乗れるようになっても、たまには僕とも一緒に乗ってね?」
「ふふふ。はい」
私達が喋っていると、後ろからアニスとルイスの声が響いた。
「二人とも、いちゃいちゃしてる……」
「昔っから……こうなんだ」
その言葉に私達は慌てて姿勢を正す。
すると、ハリー様が横から声をかける。
「お二人とも、静かに。あまり自由な発言はおやめください」
『一号二号』
簡略化された呼び名に、二人は唇を尖らせながら黙ったのであった。
それから私達は山道を進んでいった。
情報からおおよその位置は把握しているが、現在第二部隊は第一部隊からの情報を元に、問題のあった位置の手前で立ち止まっているとのことであった。
無事だった第一部隊に話を聞いたところ、山の中腹にある洞窟へと入ろうとしたところで意識を失ったらしい。
おそらくそこに何かがある。その位置はユグドラシル様がいるであろう位置とも、ノア様達が向かった場所とも一致している。
山道を馬です進み、洞窟の入り口までついたところで、私達は馬から下りた。
薄暗い入口の前でエル様が舞っており、私の前へとすぐにやってきた。
「エル様!」
「着たか。エレノア。おそらくだが、中にユグドラシルがいる。また、ノアを連れた一行も中へと入ったらしい……すまない。第一部隊の救出の方へ力を貸している間に、入り込まれてしまったようだ」
『不覚だ……』
少し落ち込んだ様子のエル様に私は慌てて言った。
「いえ、第一部隊の方々の救出ありがとうございます。エル様のおかげで、第一部隊の方々にも怪我もないとのことです。本当に、ありがとうございます」
第一部隊の騎士達の記憶は曖昧なものの、そのまま行方不明となっていたら大変なところであった。
エル様のおかげで無事に発見され、怪我もなかったので本当に良かった。
アシェル殿下もエル様の前へと来ると言った。
「エル様、本当にありがとうございます」
「いや、さて、本題にはいるが、この洞窟……まぁ普通の洞窟ではなさそうだ」
『どういう代物か……』
指さされた方向を見つめると、一見普通の洞窟にしか見えない。
その時だった。
「あれ? この香り……」
ルイスがそう呟き、そしてアニスがハッとしたように声をあげた。
「あの、花だ。ルイス! あの花よ!」
二人の言葉に私は尋ねる。
「花というのは? もしかして」
「時の花。そう、この香りだ」
アニスはルイスの言葉に、眉間にしわを寄せて私達の方を見ると言った。
「ユグドラシル様が言っていたの。この花の香りをよく覚えておきなさいって」
洞窟を真っすぐに見つめた後、ルイスが私の手をぎゅっと握る。
「この洞窟の奥に……花があるのは分かるけど、暗くて……怖い」
その怖がる姿に可愛いと私が思った瞬間、アニスが腕を組む。
「ルイス。弱虫治しなさいって言ったでしょう。お父様! 私にも剣を貸してもらえないかしら? 何か起こった時に対処できるように」
アニスの言葉にアシェル殿下は驚く。
「え……剣を? それは……危ない……と思うんだけど」
『ちょっと待ってー。どの程度剣を使えるか分からないから……うむぅ』
するとアニスは二っと笑って手をアシェル殿下へと差し出す。
「ちょっとだけ、剣かしてください」
「え? うん」
アシェル殿下が差し出すと、アニスは剣を構えて、振り下ろす。それから、体を自由自在に動かしてその場で剣の使い方を披露する。
それは見事なものであり、剣を鞘へと戻すと、アニスは言った。
「まだノア様からは一本とれていないけど、他の騎士との手合わせではいい成績を残しているわ」
「アニス姉様の言葉は本当だよ? 僕は……まだまだだけど、お父様もアニス姉様は天才だって言ってたから」
アシェル殿下は眉間にしわを寄せると、唸り声をあげる。
「うーん……僕、ちゃんと子育てできているか不安になって来た」
『大丈夫⁉ 本当にいいの? え……だって、女の子だよ⁉』
するとアニスは少し心配そうにちらりと私を見る。
「私……エレノア様みたいには慣れないけど、でも、剣では誰にも負けないわ」
真っすぐな瞳でそう言われ、私はふっと笑ってしまった。
「ふふふ。素敵ね。好きなものを貫くなんて。それに、さっきの剣を振る姿、アシェル殿下によく似ているわ」
「え? そう、かな?」
『自分ではよくわからないや』
親子なのだなと思っていると、ルイスは肩をすくめる。
「お父様はアニス姉様すごいすごいっていつもはしゃいでいるよ。いつも」
アシェル殿下はその言葉に、小さく息をついてから、予備の剣を持ってきてもらいアニスに手渡す。
「危ない時は基本は逃げる。いいね?」
『実力は申し分なさそうだけど……心配は心配だよ! エレノア……もしもの時はアニスを止めてね』
私はその心の声にうなずこうとすると、アニスが唇を尖らせる。
アシェル殿下はその様子に、そうだったと苦笑を浮かべる。
「ごめんごめん。二人にも聞こえているんだったね」
『つい、いつもの癖でエレノアだけにしか、心の声が聞こえていないって思っちゃってたよ』
アニスとルイスがうなずくと、そんな二人の頭をアシェル殿下はくしゃくしゃに撫でる。
「ごめんごめん。気を付ける」
『ふふふ。家族かぁ……感慨深くなっちゃった』
明るい心の声。
その声に二人はほっとした様子である。
家族……か。
私にも、温かな家族が、出来る。
そんな明るい未来が見えて、私は、その光景を見て胸に込み上げる物があった。
幼いころからずっと一人だった。
アシェル殿下に出会って、私の世界は変わっていった。
一人ではない世界を知った。
温かなその世界の先の未来が私の視線の先にある。
「あぁ……」
目頭が熱くなってしまい、私は気づかれないようにそ と手で押さえて表情に笑顔を張り付けた。
いつか訪れる未来が恋しくてたまらない。
その為にも、そしてきっと大変な思いをしている二人を助けるためにも、進まなければならない。
「では、行きましょう」
私がそう告げると皆うなずき、そして歩きはじめた。
エル様が先行で歩き道を照らしてくれる。その後ろを私達がついていく。
奥に進んでいくと、道が分かれていく。
どちらに進もうかと考えていると、アニスとルイスが一つの道を指さした。
「「こっち! 花の香りがする」」
息の合ったその言葉に、エル様はうなずく。
「なるほど、この二人が道しるべというわけか」
『ユグドラシル、何か、考えがあるのだな』
その言葉に私達はうなずく。
おそらく、ユグドラシル様はここへと導くために、この二人をこの世界に送ったのかもしれない。
エル様がいなかったら、この洞窟も真っ暗闇だったことだろうな。
道を進みながらエル様が言った。
「おそらく、これは道を間違えた場合、どこかへ飛ばされる仕組みなのだと思う」
『第一部隊はだから飛ばされたのだろうな』
その言葉に私はうなずく。
この先一体何があるのか。
緊張がその場に走る中、私達は一歩一歩進んでいったのであった。






