8話
ユグドラシル様の行方についておおよその位置をエル様は他の妖精に聞いてきたらしい。
地図にはそれが記されており、そこは今回視察で回る箇所と一致していた。
その後ハリー様も部屋に戻ってきて、今後どうするかについて話し合いがなされた。
「王宮の離れにて、待っていてもらう?」
アシェル殿下の言葉に、アニスとルイスは私の元へと来ると、服をぎゅっと握っていった。
「嫌よ。私……待っていたくない」
「お母様、置いて行かないで」
うるうるとした瞳で見上げられる。その視線は庇護欲をそそるものであり、アシェル殿下へとちらりと視線を向けると、降参というように両手をあげた。
「はぁぁ。可愛いな。仕方ないなぁ。じゃあもう、一緒に行こうか。ただし、危険があった場合はすぐに避難させるからね」
それを聞いた途端、二人は飛び跳ねて喜び、アシェル殿下の周りをくるくると回っている。
あまりに子どもらしいその姿に、少しばかり驚いてしまう。
自分が子ども時代、こんなにも自由に振舞っていただろうか。
笑顔を振りまき、自分の感情を表に出す二人。それは自分が子ども時代にこうありたかったままの姿であった。
ただ、王族として大丈夫なのか。そんな心配が過る。
それはアシェル殿下も同じ思いだったのか、二人の頭を優しく撫でながら尋ねた。
「……未来の僕、もしかしてかなり甘やかしてる? ……二人とも、王族がそんなにも部屋を走ったり天真爛漫に振舞うものではないよ?」
その言葉に二人は笑顔で答えた。
「もちろんわかっているわ。私達、ちゃーんと猫かぶるもの」
「僕達、ちゃんと公私は分けているから! ふふん! 可愛いお父様と素敵なお母様の子だからね!」
「な……か、可愛いお父様?」
アシェル殿下は顔をひきつらせ、それからはっきりと告げた。
「僕は可愛いくないよ?」
するとアニスとルイスは顔を見合わせたあとに笑う。
「だって、お母様がお父様はとても可愛らしい人って教えてくれたし、それに、お父様って公の時はかっこいいけど、僕達の前だと可愛いよ?」
「うん。そう思う。お父様って、すごく可愛らしいわ。他の男の人とは考えていることも全然違うし。私、男の人って、本当に苦手。あ、でも、お父様とハリーとノアは好きよ」
二人ともそう言ったあとに、私の方へと顔を向けて笑顔で言った。
「「お母様、お父様は可愛いよね?」」
息がぴったりである。
アシェル殿下がこちらをじっと見つめる中で、私はどう答えたものかと考えた。
「そう、ね。アシェル殿下は素敵で、かっこよくて、それでいて……とても、とても可愛らしいわ」
自分の気持ちを正直に話すと、アシェル殿下は慌てて言った。
「え、エレノア! もう!」
その姿に私はくすくすと笑う。
そんな私達を見ていたハリー様は、眼鏡をかちゃかちゃと触るとため息をつく。
「そろそろ、現実問題の話をしてもかまいませんか?」
私達は姿勢を正し座りなおすと、子ども達もすっと席へと戻った。
それから話題は真面目なものへと移り、その間、二人は大人しくちゃんと座って話を聞く。
先ほどの子どもらしい姿とは一転、真面目なその姿に関心したのであった。
話し合いは進んでいき、アニスとルイスに関しては、登園の親戚の子どもとして預かるという名目をハリー様が整えてくれることになった。
ハリー様、結婚式の準備だけでもかかなり大変なのに大丈夫かと心配になるけれど、ご心配なくと一蹴された。
こういう時、すごく頼もしい。
ただし、眼鏡をかちゃかちゃと高速で触るので、その様子に本当に大丈夫かなと、心配になる。
「さて、とにかくそろそろ出立せねば、今後の予定がずれ込みます。今後の、お子様二人の荷物はてはいしておきますので、さぁ、馬車へと参りましょう。はぁ……今回大きめの馬車を用意しておいて本当によかったです」
『チビ一号。二号。……く……頑張れ自分』
いつもは名前だけの時が多いのに、心の声で自分を鼓舞している。
心の中で私はハリー様に感謝しつつ、今回の一件が終わったら何か贈り物をしようと心に決めたのであった。
エル様はもう一度調べてくると言って姿を消した。
私達は馬車へと乗り込もうとすると、丁度カルちゃんのお世話を頼んでいたノア様が現れた。
「エレノア様……カルちゃん。今丁度眠ってしまいました。私がポシェットに入れて連れていますのでご安心ください」
『あれだけ走れば疲れるだろうな……というか、子ども?』
小首をかしげるノア様に小声で伝える。
「後ほど事情をお話しますね」
ノア様はうなずき、ちらりと子ども達を見てから馬に跨り、他の騎士達と共に護衛の任務に就く。
その様子を見てから馬車に乗り込んだアニスが呟いた。
「いいなぁ。私もノア様みたいに馬に乗りたい」
「えー。僕は馬車の方がいい」
「軟弱者。馬くらい乗れないと、後から自分が困るわよ」
「僕はお母様と一緒に、刺繍したりする方が好きだもーん」
馬車の中の席に座ると、私は二人に言った。
「アニスは馬にも乗れるの? すごいわ。それにルイスは刺繍が出来るなんて素敵ね」
すると二人は嬉しそうに笑う。
「お母様って、本当にお母様ね」
「うん。ふふふ。大好き」
可愛らしく二人からそう告げられて小首をかしげると、アシェル殿下が呟いた。
「その、お母様っていう呼び方変えなきゃだね」
たしかにそうだなと思っていると、二人もうなずきながらも何とも言えない表情を浮かべた。
「努力するけど、自信ないわ」
「僕も」
「とにかう、エレノア様っていうのが無難だと思うから。頑張って。僕のことは殿下って呼んでね」
「お父様を……殿下……」
「殿下かぁ……」
二人とも遠い目をしながら、出来るかなぁと不安そうな様子で呟いていた。
これから馬車で向かうのは、サラン王国から離れた南に位置する街だ。比較的大きな街で、かなり賑わっているらしい。
街の視察をしてそこに一泊する予定だ。
しばらくの間馬車で揺られていると、子ども達は眠ってしまった。






