7話
ハリー様は他の手配へと向かってくれた。こういう配慮の仕方が出来るハリー様は本当にすごい。
隣の部屋から、アニスとルイスの声が聞こえてくる中、私は堪えきれずにアシェル殿下に抱き着くと体が震えそうになるのを堪えた。
「エレノア? エレノア、大丈夫?」
アシェル殿下が抱きしめてくれる。温かさが伝わってきて、少し心が和らぐけれど、それと同時に瞳か
らぽたぽたと静かに涙が流れ始めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
謝る事しか出来ない。
謝罪の言葉を繰り返す私の背中を、アシェル殿下は優しくあやすように撫でてくれる。
それから、静かに口を開いた。
「大丈夫だから、ゆっくり、話を聞かせてくれる?」
優しい人だ。その優しい人の子どもに私は何という困難な能力を引き継がせてしまったのか。
「ごめ……んなさい。ごめんなさい」
涙が止まらず、言葉もまたとまらない。
私のことを宥めるように、アシェル殿下は優しく背中をさすり続けてくれる。
「エレノア。謝らないで」
「だって……だって、私の能力が、あの子達に引き継がれています。ごめんなさい。あぁ。あぁぁ。ごめんなさい。子ども達にも、申し訳なくて……」
声を潜めて胸の内を伝えると、アシェル殿下がぎゅっと強く抱きしめた。
それに縋るように抱きしめ返しながら、言葉を続ける。
「こんな能力……なければよかったのに……あぁ。どうして……」
心の声が聞こえるということは、他人からの悪意に直接触れるということだ。
きっと子ども達もこれまでたくさん嫌な経験をしてきただろう。
私のせいだ。
そう思った時、アシェル殿下が私の両頬を包み込むと、おでこにキスをする。
驚いて固まると、アシェル殿下と視線が合い、笑顔を向けられた。
「エレノア。あの子達、とても可愛い子達だね」
「え?」
「たしかに能力を持って生まれたことで大変なことはあると思う。でも、それは未来僕達が支えて行けばきっと大丈夫」
「アシェル殿下……」
「それに、あの子達とっても幸せそうだしさ」
「でも……私のせいで……」
「エレノアのおかげで、とっても可愛い女の子と男の子じゃないか。目元とか、口元とかエレノアの面影があって、すごく可愛い」
その言葉に、私は目を丸くして首を横に振った。
「アシェル殿下に私は似ていると思います。とっても可愛いです」
アシェル殿下はふふっと吹き出すように笑う。
「まぁ、結論としてすごく可愛いよね。未来から来た……自分の子どもかぁ。ふわぁ。そう思うとなんだかドキドキするね! 父親としての威厳を損なわないように頑張ろうかな」
胸を張ってポーズするアシェル殿下。その姿に私も吹き出してしまう。
「まぁ! ふふふ」
「笑ってくれて、嬉しいな。エレノア。大丈夫だよ。僕が傍に居る。不安になっても、僕が話を聞く。ちゃんと相談にも乗る。一人で抱え込まないで」
優しい言葉にうなずきながら、深呼吸をして気持ちを切り替える。
「そうですね。それにとにかく、今はちゃんと未来に返してあげること。それが一番大事なことですよね」
きっと二人は不安なことだろう。
ならばその不安を早く解消してあげたい。
私のことよりもまずは二人のことを考えてあげなければいけないだろう。
「アシェル殿下、ありがとうございます。すみません……取り乱してしまって」
急に先ほどまでの行動が恥ずかしくなってくる。
「不安なことをさ、教えてくれて僕は嬉しいよ。エレノアってば、すぐに抱え込んじゃうからね」
「すいません……」
「謝らないで。ほら、おいで」
アシェル殿下の腕の中に抱き込まれる。
私のつむじにキスを落としながら、アシェル殿下は言った。
「だからって、エレノアの不安を押しとどめることはないんだよ。ちゃんと受け止めるし、どうしたらいいかも一緒に考えるから」
「……はい」
ぎゅっとアシェル殿下に抱き着くと、頭を優しくぽんぽんとされる。
こうしていると自分の中にあった不安が落ち着いてくる。
「あ」
アシェル殿下が呟いた時、視線を感じた。
ハッとしてそちらへを振り返ると、扉の隙間からこちらを見つめるアニスとルイスの姿があった。
私とアシェル殿下は慌てて距離を取る。
抱きしめあっていた姿を見られていたことに羞恥心が広がっていく。
「あ、ど、どうして」
「はぁぁ。こりゃあ、いたずらっ子な感じがするぞぉ」
『厄介だね』
二人はにやにやとした表情を浮かべると言った。
「お父様とお母様、ラブラブね」
「ふふふ。未来と変わらないじゃん」
その言葉に、私とアシェル殿下はさらに恥ずかしくなる。
その時、エル様が風に乗って姿を現した。
いつもの優しい笑みは消え、緊迫した表情を浮かべている。
「エル様……?」
名前を呼ぶと、間が一瞬開いてから、エル様が口を開いた。
「大変なことになったぞ」
すでに嫌な予感がして一体何があったのだろうかと不安になったのであった。
軽食の並べられている子ども達のいた部屋へと戻ると、席に着き、エル様の話を聞くために視線を向けた。
エル様はため息をつくと、呟くように喋り始める。
「どうやら、ユグドラシルは少し前から行方不明になっているらしい」
『はぁ……あの阿呆が』
「「「「え?」」」」」
驚きの声を私達はあげた。
その後、アシェル殿下が尋ねる。
「行方不明というのは、いつものふらっと遊びに出かけたのではないのですか?」
私もそれに賛同するように言った。
「そうですよ。いつもみたいに、遊びに行ったのでは?」
するとエル様は首を横に振る。
「あいつが生きそうなところは全て確認してきた。
エル様は指をはじき、一つの巻物を出すとそれを開いた。
「時の花を探しに出かけたらしいが、連絡が途絶えたらしいのだ。時の花が咲くと思われる位置が、この地図に載っている周辺だ」
『一体どこにいるのか』
地図を指さしながらそう教えてもらう。
ユグドラシル様は自由だ。だから数か月音信不通の時も普通にある。
だからこそ通常であればそこまで心配することではない。
「時の花! そう言えば、ユグドラシル様に時の花を私達見せてもらったの」
「前に咲いたのはお母様とお父様の結婚式だって教えてもらったんだ」
アシェル殿下がその言葉に少し考えると口を開いた。
「結婚式まではあと一か月ある。時の花が関係しているとすれば、一か月誤か」
「エル様。時の花について何かご存じではありませんか?」
「時の花か……時空を超える花と呼ばれている。それを見ることができるのは妖精くらいだ。妖精は花の咲く時期を予知する能力を有しているらしい」
『やっかいだな。下手をすれば、この子達が帰れなくなるぞ』
エル様の心の声にどういう意味なのだろうかと考える。
するとエル様は言いにくそうにもう一度口を開いた。
「ユグドラシルの今回の行方不明なのだが……きな臭いのだ」
『無事だろうか……あの阿呆が』
ユグドラシル様の行方不明。
未来から転移してきた子ども達。
一体何が起こっているのだろうか。
私は、いいようのない不安をその時感じていたのであった。






