6話
「え?」
『それって、どういう意味?』
親子だから、心の声が聞こえないのか。
だけれど私は自分の両親の心の声が聞こえた。つまり、親子であろうとも心の声は聞こえるはずだ。
ということは……。
心臓が鷲掴みにされるかのような、ぎゅっとした痛みが走る。
それは絶対にあっては欲しくないと思ったこと。
ずっと不安だったことだ。
結婚して、もしもアシェル殿下と子どもを設けることが出来た時、自分のこの能力は引き継がれる可能性があるのだろうか。
私だけに授かった特殊な能力であってほしい。そう願っていた。
この能力で苦しむのは自分だけで充分だと思ったから。
そんな私の不安を感じ取ったのか、アシェル殿下が私の手をぎゅっと握る。
「エレノア。大丈夫?」
『何かあった? 不安なことは。何でも教えて』
私はアシェル様の言葉にうなずきながら、ゆっくりと深呼吸をすると、子ども達に向かって、ゆっくりと尋ねた。
「ねぇ、一つ質問をしてもいい?」
二人は振り返り、私の方に視線を向けながら首を傾げた。
「「なぁに?」」
「……二人は……」
そこで、私は言葉を途切れさせる。
どう尋ねたらいいのかが分からず、私は唇をかむと、視線を伏せる。
そんな私に、二人は驚いた様子で近寄ると尋ねた。
「どうしたの? 悲しい顔しないで」
「何かあった? お父様と喧嘩したの?」
「まぁ。ルイス。お父様とお母様が喧嘩するなんて、滅多にないじゃない」
「いや、わからないよ? この時代のお父様とお母様は喧嘩をたくさんしていた可能性もある」
二人のその言葉に、私はふっと笑ってしまう。
こちらを気遣ってくれる二人の優しさと、的外れな言葉に私は首を横に振る。
「何でもないの。それよりも、ちゃんと話をしましょう。詳しく話を聞かせてくれる?」
私は一度自分の中にある不安を呑み込む。
二人はお互いに顔を見合わせた後に、小さく、おずおずとうなずいた。
「うん……話を聞いてくれる?」
「困ったことになったみたいなんだ……」
しょんぼりとする二人はとても心細そうで、私もアシェル殿下も二人背中を支える。
「えぇ。聞かせて」
「無理はしなくてもいいから。さぁ、向こうで話を聞こうか」
私達は近くのガゼボへと移動をすると、二人は座り、足をプラプラとさせながら落ち込んだ様子で話し始めた。
「あの、二人とも私達のこと、わかんないのよね?」
「僕のことも……」
私達がうなずくと、二人はため息をつく。
「そりゃあそうよね……ここは……過去なのだもの」
「僕達生まれていないんだよ。はぁぁぁ。こんなことがあるなんて、思わなかった」
二人の言葉に私は緊張しながらも、言葉を聞いていく。
「私の名前はアニス。今年8歳よ」
「僕はルイス。6歳だよ」
アニスは、ちらりと私とアシェル殿下の方を見て、それから言った。
「私とルイスは、妖精の庭で遊んでいたの。それで、気がついたらここにいた。同じようで全然違う場所。……たぶん、私達は過去へやってきてしまったのだと思うの」
「だって、僕達、エレノアお母様とアシェルお父様の子どもだもの」
おおよそ、覚悟はしていたとはいえ、私とアシェル殿下はしばらくの間身動きが取れなかった。
そんな私達に変わって、エル様がふむふむとうなずきながら尋ねる。
「だから、そっくりで、匂いも同じなのか。アシェル。エレノア。二人が言っていることは本当だろう。親子なのは間違いない。気配が同じだ。それで、何かきっかけは?」
アニスが唇を少しとがらせながらちらりとルイスを見る。
ルイスの視線はアシェル殿下へと向く。
「……お父様の言いつけを破って、ユグドラシル様の所に勝手に遊びに行ったんだ」
「……ごめんなさい……お父様、私達を心配して、お父様とお母様か、ノア様が一緒の時しかユグドラシル様と遊んではいけないって言われていたのに……」
その一言で、おおよその状況を理解する。
ユグドラシル様は未来でもいたずら好きは健在らしい。
私とアシェル殿下は顔を見合わせるとため息をついた。
ユグドラシル様によって未来から過去に来たならば、ユグドラシル様ならば戻る方法も知っていることだろう。
私はアシェル殿下に言った。
「ユグドラシル様に連絡をとらなければいけませんね」
アシェル殿下は息をついてからうなずいた。
「あぁ。来れたんだから帰る方法もあるはずさ」
『あー……妖精って本当に……楽しそうだって思ったらなんでもするんだから』
ユグドラシル様のことは好きだけれど、こういういたずらに対応するのは本当に大変だ。
エル様がすっと立ちあがった。
「私がユグドラシルの所へ行ってこよう。すぐ帰ってくる」
『……可愛いな。ふむ……幼いのにしっかりとしている。有望だな』
「エル様、ありがとうございます」
姿を一瞬でエル様は消す。
アニスとルイスは泣きそうな顔を浮かべており、私は落ち着けるようにと笑みを浮かべた。
「さぁ、そんな顔をしないで。大丈夫。すぐに帰れるわ」
「そうそう。それまでは僕達と一緒にいればいいさ。だけど、一番最初に見つけたのが僕達で良かったよ」
「それは、そうですね。もし他の者に見つかっていたら、大事になっていたでしょうから」
そう告げると、二人ともうなずくものの不安な様子だ。
どうにか元気を出してもらおうと、そう思った時だった。
こちらに向かってハリー様が歩いてくるのが見えた。しかも、その手にはバスケットが握られている。
ハリー様は私達へと視線を向けたのちに、子ども達へと視線を移した。
『……ハッピーベイビー……?』
ちょっと気取った声で聞こえて、私は吹き出しそうになるのを堪えると、二人が盛大に吹き出した。
「今生まれたわけじゃないよ!」
「あははっ! もう。ハリーってば、いつも通りすぎる」
その声に、私は動きを止め、自分の中の先ほどの不安が現実と鳴っているのを見て言葉を失った。
なんということだ。
自分の顔が青ざめているのが分かり、それに二人は首を傾げる。
「どうしたの?」
「顔色悪いけれど、大丈夫?」
子ども達を不安にさせてはいけないと、私は小さく深呼吸して顔に笑顔を張り付けた。
「なんでもないわ」
そう答えつつも、心臓が煩いくらいに鳴る。
胸が、痛い。
だけれどそれに気づかれてはいけないだろう。
そう思っていると、そっとアシェル殿下が私に耳打ちをする。
「少し、場所を移そう。ここでは人目に触れる可能性もある」
アシェル殿下の心の声が一切聞こえなくなる。おそらく、私の不安を思い、心の中で考えないようにしてくれているのだろう。
そんな私達を見て、ハリー様が口を開いた。
「出発を、少し送らせましょうか。部屋を用意いたしますね」
『チビ一号。チビ二号』
二人はまた笑い声をあげる。
「やっぱりそれ?」
「ある意味本当にすごいよハリーは」
現状を見つめ、ハリー様はその後すぐに部屋を用意してくれる。
子ども達にはお菓子と軽食を用意し食べてもらっている間、隣の部屋へと私とアシェル殿下は移動をしたのであった。






