4話
ハリー様に対抗するために私達は英気を養おうと侍女を伴って庭へと向かう。
ノア様とカルちゃんも後ろからついて来ている。カルちゃんはお散歩気分でノア様の肩から飛び降りると、可愛らしくちょこちょこと歩いている。
今日は天気も良いので、風が心地よい。
吹き抜けていく風を感じていると、侍女達が昼食のためにシートを用意してくれる。
それを眺めていると、ロマーノ王国のメローナ様から届いた手紙のことを思い出した。
「メローナ様から手紙が届いたのですが、先日は、家族三人でピクニックをしたそうですよ」
「ピクニック。ふふ。レガーノ、喜んだだろうなぁ」
「えぇ。レガーノ様はりきったようで、森の中に可愛らしいピクニックの為の家が建てられたそうで、メローナ様がびっくりしたと手紙に書かれていました」
「ピクニックの為の……家?」
『え? 何それ?』
「なんでも、ドーム型になっていて、星空も眺めることが出来るようです」
「星空……もはやピクニックでは……ない? キャンプ?」
「そうですね。でも、とっても楽しかったようで、私も嬉しく思いました」
そう言うと、アシェル殿下は私の手を取って、ため息をついた。
「それならよかったけど、僕、僕からエレノアを奪おうとした件については、心の中で根に持ってるからね。心狭いし本人には言わないけれどさ」
『だってさ、あの時、本当に、胸が痛かったもの。あんなことはもう二度とごめんだね』
アシェル殿下が私の手をぎゅっと握り、それを握り返しながらうなずく。
「私も、嫌です。でも、私はアシェル殿下に対しての気持ち、再確認できました」
「ん?」
首を傾げるアシェル殿下に、私は笑みを向けた後、その肩口に頭をこてんともたれる。
「もし記憶を失ったとしても、私は絶対にアシェル殿下のことを好きになると。そう、私は思いました」
そう伝えると、アシェル殿下は私のことをぎゅっと抱きしめた。
「ああああああ。可愛い。エレノア。本当に可愛い」
「まぁ。ふふふ。嬉しいです」
そう告げると、アシェル殿下は呼吸を整えてから、真面目な様子で口を開く。
「エレノア。……僕、良き夫になるからね」
「ふふふ。私も良き妻となれるように頑張ります」
手をつなぎ、あぁ幸せだなぁと思った時であった。
空高くから、ご機嫌な様子でユグドラシル様が飛んでくるのが見えた。
「エレノア~!」
「あら、ユグドラシル様?」
飛んできたユグドラシル様は楽しそうな様子で声を上げた。
「良いこと教えに来てあげたの! エレノアの結婚式の時に、特別な花をプレゼントできそうなのよ!」
そう言われ、私は首を傾げる。
「特別な花、ですか?」
「うん! ちょうど二人の結婚式の頃に咲きそうだから、その時に見せてあげるわ!」
『ふふふん! きっとエレノア喜ぶわ! 結婚式の時に見せてあげるんだから!』
ウキウキとした様子で私の周りをくるくると回るユグドラシル様。
可愛いなと思いながら私が手を差し出すと、私の手のひらの上にちょこんと座る。
「エレノア。遊びましょう」
『何しようかしら』
すると、私の肩にカルちゃんが飛び乗った。
「エレノアちゃんは結婚式の準備で忙しいの!」
『この妖精。本当に人の迷惑とか考えないな』
「あ……そっかぁ。じゃあしょうがない。貴方と遊んであげる」
「いいよ。遊んであげる」
二人は睨み合うと、じゃれ合うように駆け出す。
「ノア様、すみませんがよろしくお願いいたします」
そう伝えると、ノア様がうなずき急いで二人を追って駆けだした。
なんだかんだと二人も仲良く、楽しそうな声が響いて聞こえてくる。
今は護衛は他にもいるので、こういう時は二人の相手をしてもらうようにノア様にはお願いをしている。
二人は目を離すと何をしでかすか分からないことがあるので、護衛というよりも、保護者という役割が近い。
「ふふふ。一気に賑やかになりましたね」
私がそう呟くとアシェル殿下もうなずく。
「そうだね。ふふ。エレノアが城に来てから、面白いことも不思議なこともたくさんで、毎日楽しいね」
『ユグドラシル様のいたずらは……いい加減にしてほしい所もあるけど』
「まぁ。そう、ですねぇ。ふふ」
思い返してみれば、色々ないたずらをされたものだと思う。
いつも面白いことを思いついたらすぐに実行するユグドラシル様。
困ることもたくさんあるけれど、たいていの場合は最後には笑ってしまう。
「でも、ユグドラシル様は本当に危険なことはしないですから」
「されたら困るよ! ふふふ。まぁ、たしかに、面白いこととか必要なことだけ……だね」
『めちゃくちゃ困るけどね!』
困ることがたくさんあるけれど、それでもユグドラシル様のことは好きだ。
一緒にいて楽しいし、明るい気持ちになれる。
あと何より、ユグドラシル様が私のことを大切に思ってくれているのが分かるから、私もそれにこたえたいと思う。
「さて、お昼食べよっか。午後からはまたハリーの笑顔が待っているよ」
「はい。いただきましょうか」
侍女達がシートの上に昼食を用意してくれている。
私はアシェル殿下と共に美味しくサンドイッチを食べていると、カルちゃんやユグドラシル様と鬼ごっこをするノア様の姿が目に入る。
「ノア様、遊び上手ですよね」
「うん。本当に。しかも体力が無限大な二人の相手だから、尊敬するよ」
『体力お化けだもん。二人ともさ』
楽しそうな会話が聞こえてくると和む。
「ノア! 鬼さんこっちら!」
「あははは! ノア怖いー! ユグドラシル! ほら、逃げるよ!」
「さすが竜人ね! 負けないわ!」
ノア様は近くにある木々をうまく使い、二人を追いかけており、その身体能力の高さに驚く。
「すごいですね」
「さすがノアだよ。でもさ、あれ見ていると、僕も負けないぞ! っていう気持ちになる」
『一緒に遊ぼうかな』
「ふふふ。私だって! 走れますよ?」
「お。負けないよ?」
私達は昼食を食べ終えると、ちょっとだけということで遊びに混ざりに向かう。
「私達も入ります!」
「負けないよ!」
その間にノア様には昼食を取るように伝えたのだけれど、少しのつもりが小一時間程全力で遊ぶことになる。
私はこんなにも走り回るなんてと、大きく息を吸ったり吐いたりしながら空を見上げる。
「二人とも……も、もう無理です。走れません~」
空が眩しく輝いて見えて、吹き抜けていく風が心地いい。
私がそう弱音を吐くと、ユグドラシル様が言った。
「もう! もっともっと遊びましょうよ!」
『エレノアは体力がなさすぎるわ!』
それに続けてカルちゃんも尻尾をブンブンと勢いよく振りながら言葉を続ける。
「さぁ! どんどん走ろう!」
『気持ちい! 楽しい! 遊ぼう! 遊ぼう!』
アシェル殿下は苦笑を浮かべ、それから私のことをひょいと抱き上げると言った。
「だーめ。エレノアが疲れちゃうよ。さぁ二人はノアに遊んでもらって」
『だめだめ! 結婚式の準備しないとだもんね』
二人は頬を膨らませると、ノア様の方へと向かった。
「もう! ノア! 遊ぶわよ」
『アシェルはすぐにエレノアを独り占めしたがるのよね』
「遊ぼう! 遊ぼう!」
『ノアは疲れないのにね! まだまだ走りたりない!」
ノア様は苦笑を浮かべると、こちらに向かって言った。
「護衛は他の者がいるので大丈夫でしょうか?」
『可愛いなぁ。本当はエレノア様の傍にいるべきなのだが……可愛いすぎる』
アシェル殿下はうなずきながら答える。
「ノア。すまないね。頼んだよ。無理はしないように! 疲れたら休むんだよ!」
『ノアって本当に体力すごい』
「はい。大丈夫です。二人のおかげで、体力が鍛えられていますから」
『本当に。体を毎日こうして動かすと、気持ちがいい』
訓練とは違った体の動かし方なのだろう。野山を駆け回るノア様の姿を見ていると、もしかしたら昔はそうした生活をしていたのかなとも思う。
ノア様は、昔はどう過ごしていたのだろう。
たまにそんなことを思うけれど、それをノア様に尋ねることは出来なかった。
それを尋ねればノア様の心の中にある傷にも触れることになるから。
だけれど、いつか話を聞けたらいいなと、そう願っている。
私は抱きかかえられたままアシェル殿下は歩き始めた。
「あの、アシェル殿下。私歩けます」
そう伝えると、アシェル殿下が微笑む。
「僕がエレノアを抱っこしたいだけ~」
『可愛いエレノアを独り占めするのって大変だからね!』
その言葉に、私は笑みを返し、それならばと思いアシェル殿下の肩口に小首をもたれかける。
アシェル殿下にだけは甘えても許される。そんな気持ちがあって、引っ付いていられるのがすごく幸せだ。
「可愛い……エレノア、可愛い」
『あー。もうハリーの所戻りたくないなぁ』
戻ればたくさんやらなければならないことがある。
嫌なことは先送りいしたい物だけれど、そうすることは未来の自分達の首を絞めることになる。
「だめですよ?」
一応そう告げると、アシェル殿下は唇を尖らせる。
「わかっているよー……」
『でも面倒くさい~』
そう言うと、アシェル殿下はにっと笑って走り出した。
「きゃっ! アシェル殿下!」
「そーれ! いっくよ!」
「あはは! もう! 怖いですよ!」
私達が走っていくと、侍女達が温かなまなざしでこちらをみているのに気がついた。
『仲がいいことは良きことですねぇ』
『ラブラブですねぇ』
『我が国は安泰だわ』
少しばかり恥ずかしい。
「アシェル殿下! 皆に見られていますよ!」
「あはは! ちょっとくらい大丈夫!」
ぎゅっとアシェル殿下にしがみつく。
私もアシェル殿下も笑い声をあげる。
こうした時くらいしか年相応のことができないので、少しくらいなら許されるだろう。
そして私達は、王城内に入る時に、すっと気合を入れる。
「さて、頑張ろうか」
「はい。アシェル殿下」
あえて、少し気取った面持ちで、アシェル殿下にエスコートしてもらいながら私は王城の廊下を歩いて行ったのであった。






