1話
本日より、最終巻の約7万文字程度のWEB版を連載始めます。
こちら書籍とは多少異なり、訂正していない状態のものとなります。
完成形は電子書籍5巻の方となり、文字数も少なめですが、こちらのほうもWEBの読者様に楽しんでいただけるように作っております。
子犬殿下、最終章です。読んでくださる読者の皆様に感謝を込めて。
深緑が美しい森の中。
そこは人は立ち入ることが難しい、妖精の庭であり、普通ならば人が迷い込むことなどない。
それなのにもかかわらず、人間の子どもが二人、楽しそうに歌を歌いながら森の中を駆けていった。
その鼻歌はどこか間の抜けた雰囲気で、無邪気さが伝わってくる。
父親譲りのその鼻歌を歌えば、二人の母はとても嬉しそうに微笑むものだから、二人は自分達が歌が上手いと勘違いしている。
「あ、また新しい歌を思いついたわ! お母様が喜ぶわね!」
「ふふん! 僕も思いついたよ。どっちの歌が素晴らしいか勝負だね」
二人は笑い合いながら、駆けていくと、途中で走っていた道から横にそれた別の道を見つける。
「ルイス! ほら、こっち! 新しい道があるわ!」
「アニス姉様! ちょっと待ってよ。僕、はぁはぁ。楽しいけどさ! 姉様、足が速いんだよなぁ」
「軟弱ねぇ。そんなんだからいつもいつも私に剣で敵わないのよ! ふふん。私、この前、ノア様に褒められたのよ」
「え⁉ ず、ずるいよ。……僕だって頑張っているのに」
落ち込みと肩を落とすルイスに、アニスは得意げに言葉を続ける。
「それに、お父様からも、剣の筋がいいって言われたし」
「うぅ……僕だって、お母様に、カルちゃんのお世話が上手だねって言われたもん」
その言葉にアニスはけらけらと笑い声をあげた後に、小さくため息をこぼす。
「私が男でルイスが女だったら良かったのにね」
「そう? 僕は別にそうは思わないな。アニス姉様は男とか女とか気にしすぎだよ。お母様がいつもいうじゃない。自分らしさを大切にって」
痛い所をつかれたとばかりにアニスは肩をすくめる。
「わかっているわよ。はぁ……っていうか、お父様とお母様が完璧すぎるのがいけないんだと思うの」
「それは分かる。お父様もお母様もすごいもんなあ。はぁ。僕達も頑張らなくちゃいけないねぇ」
そんな会話を繰り返しながら二人は森を抜け、妖精達が楽しく遊んでいる泉まで来ると足を止めた。
「ユグドラシル様。遊びに来たよ」
「皆~。久しぶり」
二人が輪に入ると、キラキラと妖精達が飛び回る。
「二人とも、いらっしゃい」
「ユグドラシル様ならあっちよ」
妖精達にお礼を言いながら指さされた方向へと歩いていくと、そこには美しい花々に囲まれたユグドラシルの姿があった。
そしてひときわ大きな花が目に映る。
「わぁぁぁ。すっごく大きな花」
「始めて見た。ユグドラシル様! 遊びに来たよ。それ、何の花?」
人の顔程の大きさがあり、香りは豊かで、二人は驚きながら歩み寄った。
「あら、二人ともいらっしゃい。ベストタイミングね。これは時の花っていうのよ」
「時の花?」
「すっごくでっかいね」
近くまで来るとさらに大きく感じる。
ユグドラシルはそれの周囲を飛び回りながら二人に向かって言った。
「前に咲いたのは、エレノアの結婚式の時だったわ。ふふふ。懐かしい」
結婚式という言葉に、二人は瞳を輝かせた。
「話を聞かせてよ」
「うん! 聞いてみたい!」
今では国王と王妃として完璧な二人が結婚した当初とは、どんな風だったのだろうか。
二人の言葉にユグドラシルはにやりと笑みを浮かべる。
「あら、知りたい?」
この時、ユグドラシルの笑みの意味をまだ二人は知らなかった。
「じゃあ、行きましょうか。いい? ちゃーんとこの花の香り覚えておきなさいね」
「「え?」」
「香りを辿るの。忘れちゃだめよ。貴方達が道しるべだからね」
どういう意味か、尋ねる前に視界がかすむ。
「「え?」」
「さぁ、頑張って!」
妖精には十分気を付けること。悪意はなくても予想の斜め上のことをするのが妖精なのだと両親からの忠告を今になって思い出した二人。
だけれど、思い出した時にはもう、どうすることも出来なかった。
お昼の12時に更新していくようにします(´∀`*)
最後まで楽しんでいただけたら幸いです。






