十四話 魅了する微笑
その微笑を見た者達は、息を飲んだ。
艶めかしい、赤い唇がゆっくりと弧を描き、アーモンド形の大きな瞳がこちらを見つめる。
アシェル殿下の婚約者となったエレノア嬢は妖艶姫として名高い令嬢ではあったが、その表情はあくまでも強張っており、微笑む姿は、ここ最近、アシェル殿下の横であれば見ることが出来るようになった。
けれど、そういった類の微笑ではない。
今、エレノア嬢が浮かべた微笑で、何人の男の心臓が射抜かれたであろうか。
恐らく一番、混乱しているのはジークフリート王子であろう。
顔を真っ赤にして心臓を押さえ、ワインを落としたことにさえ気づかずに、呆然とエレノア嬢が去っていた方向を見つめている。
自分自身に何が起こったのか分からずにいるその表情は、惚けている。
そして数人の男性は顔を押さえ、数人の男性は静かにトイレへと向かっている。
何と言う破壊力のある微笑であろうか。
よくよく観察してみれば、女性の中にもその微笑に射抜かれたものがいるようで、顔を赤らめながら、エレノア嬢について何やら集まって語りだす集団さえいる。
アシェル殿下は大変な方を婚約者にした。
僕はそう思いながらも、落ちたワイングラスを片付けるように執事に命じながらも、呆然としているジークフリート王子の横で、そのワインから微かに異臭がすることに気付く。
何だろうかと鼻を鳴らし、微かに毒の匂いをかぎ取る。
これは、アシェル殿下に盛られるように最初に計画されていた毒である。
僕は遠くに逃げていく伯爵の姿を目でとらえ、それからエレノア嬢の立ち去った方向を見つめる。
偶然か、必然か。
「っくそ……なんだ、これ、顔が、熱い」
ジークフリート王子の呟きに、僕はどうしたものだろうかと頭が痛くなってくるのを感じる。
他国の王子と女性の取り合いなど出来る限りしてほしくはない。だからこそ、ジークフリート王子には胸に秘めていただきたいと思うのであるが、どうなるだろうか。
「この俺が? まさか、たかだか一人の女なんかに?」
心の声がだだ漏れているジークフリート王子に、僕はため息をつきながらもその場から離れる。
執事には、片付けた後に毒などが入れられていなかったか調べるように伝えてある。
ジークリート王子が飲まなかったことが幸いではあるが、ばれないように片付けなければ国際問題になりかねない。
その時だった。
会場内に彼女が帰って来るのが見えた。僕はアシェル殿下の指示通りにエレノア嬢を迎えに行く。
私は化粧を軽く直して会場に帰ると、私の元へと向かってくるハリー様と目があった。
『ぼん、きゅ、ぼん』
頭のよさそうな見た目をしているのに、ハリー様の思考回路は未だに理解不能である。
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