27話
アシェル殿下は扉をきっちりとパタンと閉めると、レガーノ様と私の間に入って、笑顔だけれど怒気を含んだ声で言った。
「レガーノ。いい加減にしろ」
するとレガーノ様は両手をぱっと上げて言った。
「怖い怖い。だが、俺は今振られたところだ。慰めてくれてもいいだろう?」
『アシェルが怒るとは、こいつも人並みにちゃんと恋愛感情あったんだなぁとしみじみ思う』
「振られた……レガーノ、一度、歯を食いしばれ。僕の婚約者を何故口説く必要がある。エレノアは僕の大切な人だ! たとえ友達だろうとて許されることと許されないことがあるぞ!」
その本気で怒っている様子にレガーノ様は驚いたようであった。
「ちょっとまて、本気で怒っているのか?」
『女のことで、本気で?』
「レガーノ。君の悪い所だ。僕は君のことを友人としてとても尊敬しているが、女性に対しての行動は軽蔑している。二度とエレノアに不埒な行動をしないでもらいたい」
「わぁお。怒るなって! ははっ! ってちょっと待てよ! こぶしを振り上げるな!」
『こっわ』
「二人きりの時は、お互いに王子とか国王とかなしって昔はなしたよね? よしよし、歯を食いしばろう。さすがの僕も怒るさ」
本気ではない様子だけれど、さすがにアシェル殿下も色々と思う所はあるのだろう。
怒った様子でレガーノ様を追いかけまわしていたのだけれど、そんな様子に、ノア様が心の中で声を上げた。
『アシェル殿下。是非鉄槌を!』
驚いていると、いつの間にか部屋に入って来たのだろうか。
ハリー様も眼鏡をカチャカチャしながら心の中で参戦する。
『色ボケ王子に鉄槌を! 色々大変だったので! 子犬殿下! 狼殿下になる時です!』
今日はハリー様の声がいつもとは違い、会話文で聞こえる。
珍しいなと思っていると、ハリー様の目が充血していた。
おそらくこの数日間で起こったことの後処理等もかなり大変だったのだろう。
苦労を掛けてしまったなぁと私が思っていると、レガーノ様が声を上げた。
「悪かったよ! 悪かった! 俺が悪かった!」
『クソ。人の女に手を出そうとするもんじゃねぇな! だが、エレノア嬢いい女だしな!』
その様子に、私は我慢がしきれなくて笑ってしまった。
そんな私の様子を見て、皆が驚いたように目を丸くすると、レガーノ様が言った。
「ほーら、エレノア嬢も悪い気はしてねぇんだって。エレノア嬢。やっぱり俺の嫁に来るか?」
「お断りします」
笑顔で私がそう返すと、アシェル殿下が吹き出した。
「レガーノ残念だったね!」
勝ち誇った顔のアシェル殿下が可愛らしくて、私はその後もくすくすと笑ってしまったのであった。
◇◇◇
「我が王国は、たしかに魔法の王国。だがしかし非魔力であろうと、ロマーノ王国の民には変わりない! 私は、魔力を持とうと持たまいと、我がロマーノ王国の民を守り、王国を発展させていくことをここに誓おう!」
ロマーノ王国はレガーノ様が国王に即位されたことによって毎日お祭り騒ぎのように賑わっていた。
そしてレガーノ様が非魔力の国民に対して声明を出したことにより、少しずつではあるがロマーノ王国の雰囲気も変わり始めたのだという。
そしてそれと同時に、レガーノ様やソレア様が非魔力保持者であろうとメローナ様を溺愛しているという噂が一気に広がった。
最初は噂程度であったが、レガーノ様とソレア様が王族が出席する場にてメローナ様を溺愛することを公にし始めたため、一気にそれが真実だと広がった。
王国を出立する日、三人は見送りに来てくれたのだけれど、ソレア様もレガーノ様もメローナ様を溺愛するのを隠すことなく、私達との別れに姿を現した。
「エレノア様!」
私にぎゅっと抱き着いたメローナ様はにこにこと、嬉しそうに微笑み、そして声を上げた。
「エレノア様、すごく寂しいです! 本当は行かないでほしいですけれど、今度は私がレノア様に会いに行きます!」
『くまたんと一緒に、私絶対に行くわ!』
「まぁ、それはとても楽しみですわ」
ちらりとメローナ様が抱っこするくまたんに視線を向けると、ウィンクが帰って来た。
『エレノア。迷惑かけてごめんね! また遊んでね!』
二人の様子に私は微笑み、もうもう一度ぎゅっと抱きしめた。
「お元気で」
「うん!」
『寂しいけれど、絶対に会いに行くから!』
『またね!』
レガーノ様とソレア様はアシェル殿下と話をしていたのだけれど、ソレア様が私の方へと歩み寄ると、私の手を取った。
「……本当に、ご迷惑をおかけいたしました。ですが、そのおかげで、私も前に進めたように思います……ありがとうございました」
『肩の荷が下りたような気がする……これからはメローナにたくさんの愛を注いでいくわ』
重責の中の苦渋の決断。
愛する娘から距離を取ることはきっとソレア様にとっても辛い日々だっただろう。
だけれどこれからは違う。
危険な思考の非魔力保持者の人間もいると聞くから、安心はできないのだろうけれど、きっとソレア様達ならば乗り越えて行けるだろう。
「こちらこそありがとうございます。……メローナ様が幸せになってくれて、私、とても嬉しいんです」
そう言葉を返すと、ソレア様は微笑む。
「幸せに、出来るように頑張りますわ」
「俺も傍にいるから、だから、大丈夫さ」
レガーノ様が横からそういうと、ソレア様は肩をすくめた。
「期待しているわ」
二人の様子に私は微笑んだ。
「エレノア、そろそろ行こうか」
「はい。アシェル殿下。皆様、お元気で。お世話になりました」
「ありがとうございました」
最後にアシェル殿下とレガーノ様はお互いにこぶしを突き合わせ、笑いあった。
なんだかんだで仲がいいなぁと私は思い、そして、私達は馬車へと乗り込むと窓から手を振る。
メローナ様が大きくブンブンと手を振ってくれた。
ロマーノ王国が遠ざかり、私とアシェル殿下は小さく息をつく。
「……色々あったね」
「はい」
私達は微笑み合い、遠ざかっていくロマーノ王国をしばらくの間窓から見つめたのであった。
そして、サラン王国へと到着した私は、王城を見上げながら帰って来たなぁとほっと息をついた。
「お帰り! もう! もう! エレノアがいなくて本当に暇だったわ!」
『おっかえりぃ~。嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。ふふふ。帰ってきてくれてよかったぁ』
王城ではユグドラシル様やエル様が待ち構えており、庭に明かりが灯され、宴の準備がなされていた。
「エレノア。アシェル。おかえり」
『無事に帰って来れてよかった』
エル様は微笑みを浮かべており、あぁ、帰って来たのだなぁと力が少し抜けた。
第四章おわり






