26話
月が綺麗な夜であった。
私が月をバルコニーから眺めていると、侍女と共に傍に控えていたノア様が私の肩にストールをかけた。
「エレノア様、そろそろ冷えてしまいます」
そう言われ私はうなずき中へとそろそろ戻ろうかと思ったのだけれど、そんな私に窓の外から声がかかり、ひらりとその場にレガーノ様が現れた。
ノア様は即座に私を庇うように割ってはいったのだけれど、私はそれを止めるとレガーノ様に尋ねた。
「どうかなさったのですか?」
「少しばかり、話がしたくてな」
『二人きり、というわけにはいかないか。今にも噛みついてきそうな護衛だな』
ノア様のことを見てレガーノ様はくすくすと笑い、私はノア様に視線を向けると言った。
「大丈夫です。少し話をしますね」
「エレノア様……」
『危ないのでは?』
ノア様の心配する様子に私は微笑みを返すと、ノア様は小さく息をついて、少し後ろへと下がった。
話は聞こえるだろうが、おそらくそれがノア様の最大の譲歩なのだろう。
レガーノ様はその様子に肩をすくめると、私の方をちらりと見てから月を見上げて言った。
「……改めてなのだが、ちゃんともう一度、謝罪と礼と伝えたかったのだ」
『こういう機会はもうないだろうからな』
レガーノ様はそういうと私の方を見て頭を下げた。
「危険な目に合わせた。すまなかった。そして……メローナとの仲を取り持ってくれてありがとう。本当に……感謝する」
『本当に、申し訳なかった。エレノア嬢がいたからメローナとの関係を改善することができた』
真剣な表情でそう言われ、私は首を横に振ると言った。
「そんなことありませんわ。……でも仲直りできてよかったです」
真っすぐにそう伝えると、レガーノ様はじっと私のことを見つめてくる。
どうしたのだろうかと思っていると、レガーノ様は口を開いた。
「……俺の所に嫁に来ないか?」
「え?」
真面目な顔で、心の声も聞こえないほどに真剣にそう言われ、最初私は意味がわからなかった。
けれどその冗談ではなさそうな雰囲気に、私は静かに正直に言葉を返した。
「私は、アシェル殿下の婚約者ですので……」
「婚約者じゃなければいいのか?」
真剣なその表情に、私は、私も真剣に建前ではない言葉で返さなければと姿勢を正すと、答えた。
「私、アシェル殿下のことを……愛しているのです」
「愛……なるほど、だがそれは、アシェルに先に出会ったからそう思うのであって、俺が際に出会っていたら俺のことを愛していたかもしれないだろう?」
自信満々な雰囲気でそう告げられた私は、その言葉に驚きながら首を横に振る。
「いいえ」
「は?」
「あ、す、すみません……」
正直に首を横に振ってしまうと、そんな私を見てレガーノ様は首を傾げた。
「こう言っては何だが、俺は女にはモテる。金も地位もある。顔もいい。そんな俺に口説かれて嫌な気持ちはしないだろう?」
『不満などないだろう』
その言葉に、私はどう答えるべきかと迷いながら口を開いた。
「たしかに、その、レガーノ様は素敵な方です。ただ……その、私の好みとは違うだけです……」
「好み? エレノア嬢の、好みとは?」
『俺よりアシェルが良い理由は?』
「……アシェル殿下は……可愛らしい人なんです……一生懸命で、責任感があって、外見は王子様で素敵なのに、内面では月を見上げながら鼻歌を口ずさむような、そんな可愛らしい人。そして、アシェル殿下は、私を外見ではなく、内面を知ろうとしてくださった初めての人なんです……」
眉間にしわを寄せまだ納得していない様子のレガーノ様に、私は苦笑をうかべながら言った。
「美女だ傾国だと、言われることはとても光栄なことですが……私、あまり自分が好きではなかったんです。そして人を愛せる気も……しなかった」
うつむきながら、私はアシェル殿下に出会った日のことを思い出す。
あの日まで、私はずっと不安で、怖くて、本当の意味で愛されることも愛することもなく自分は過ごしていくのではないかと思っていた。
けれどアシェル殿下に出会って、私は光の中へと一歩足を踏み入れることが出来た。
「人を愛する気持ちを、私はアシェル殿下から教えてもらったんです」
そう答えると、レガーノ様は大きくため息をついてから、髪の毛を掻き上げた。
「なるほどなぁ。つまり俺は男らしくかっこいい。エレノア嬢の好みはかわいらしい男性だから俺がタイプではないということか」
『そういうことなら仕方がないか』
レガーノ様の解釈に、少し違うなと思いながらも微笑みを返すと言った。
「それに、レガーノ様は、私が好きなわけではなく、メローナ様が私を気に入っているからそう声をかけただけでしょう?」
図星をつかれたのだろう。
一瞬レガーノ様が動きを止める。
「ふふふ。メローナ様ならレガーノ様とソレア様がいらっしゃるのでこれからは大丈夫ですわ」
私が笑顔を向けると、それにレガーノ様がため息をもらす。
『可愛いじゃないか……。はーあ。アシェルの嫁じゃなかったら本気で攫っていたな』
その時、部屋がノックされ、私とレガーノ様がそちらへと視線を向けると、ノア様が扉を開き、アシェル殿下が少し焦った様子で部屋に入って来た。






