24話
メローナ様はくまたんを抱っこしてこちらへと歩いてくると、頭を下げた。
「くまたんが、本当にごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人の言葉に、私は微笑みを浮かべると、メローナ様とくまたんの頭をぽんっと手を置くと優しく撫でて言った。
「大丈夫です。ふふふ。そりゃあすごーく怖くて、すごーく悲しかったので、反省はしてもらいますが、でもね、くまたんのメローナ様の思う気持ちも分かるんです」
私は幼い頃の自分に、メローナ様を重ねて、それから言った。
「メローナ様の傍にはくまたんがいてくれて、本当に良かった。一人は、とても寂しいもの」
「エレノア様……」
「エレノアちゃん、ごめんね……」
心からの声に、私はうなずくと、ぎゅっとメローナ様を抱きしめた。
そして、やっと丸く収まったかと思ったその時であった。
「おまちなさい」
静かな声がその場に響き、カツカツとヒールの鳴る音がその場に響く。
すらりとした長身のソレア様は、こちらを冷ややかな瞳で見つめると、カツンと手に持っていた長い杖を突く。
「メローナ。貴女を、非魔力保持者団体に関与した疑いがあります」
『これが、この子の為』
私はふと、ソレア様を見た後に、くまたんへと視線を向けた。
この既視感は何だろうかと思っていると、レガーノ様が緊張した声で言った。
「母上……俺が即位したのです。この国の王は俺です……これ以上、メローナを苦しめるのはおやめください。もうすでに分かっています」
『貴方が非魔力団体をこの城に招き入れ、メローナを攫いやすくしたのも……全部わかっている』
その言葉に、私が驚いていると、アシェル殿下の心の声が聞こえた。
『エレノア。ソレア様は、メローナ嬢をこの王国から遠ざけたいんだ。いらぬ争いを産まないためにね』
すると、ソレア様は静かに杖をもう一度カツンと床に叩きつけた。
「王。王ですか……確かに貴方は即位しました。ですが、私よりすでに力があると言えますか?」
『私がこれまで守って来た王位よ』
レガーノ様はしまおうとしていた魔法の杖をもう一度構えるといった。
「ならば、確かめればいい」
「いいでしょう」
次の瞬間、レガーノ様とソレア様との間で、魔法が飛び交い、私はその光景にアシェル殿下にしがみついた。
「まだ私の協力がなければ、地盤の固まり切っていない貴方が何を言いますか!」
「すでに大きな地盤は固まっている! 貴方はいつまで俺を子どもだと思っている!」
「いつまででも!」
「っは! そろそろ子離れしてください! 俺は、俺はもう貴方に守られているような子どもではない! 俺は、貴方とメローナを守れる一人前の男だ!」
火花が散り、時には光が飛びかい、私は親子喧嘩のスケールの大きさに驚きながらお、それでもその言葉は確かに相手を思いやっているのが感じられて、親子の絆の深さを見ているような気がした。
こんなに怒鳴りあっているのに不思議だなと思った時、私は、ソレア様の纏う雰囲気と、くまたんの雰囲気が同じことに気付く。
魔法を放つ時、杖から放たれる色。
それがソレア様とくまたんが同じなのだ。
「俺は、メローナが堂々と胸を張って、魔力がなくても生きていける国を作るんだ!」
レガーノ様の言葉に、メローナ様は目を見開く。
その言葉にソレア様が笑い声をあげた。
「何を! この国は非魔力保持者はまだまだ迫害されています! そしてその多くが、魔力を持っている王族を逆恨みしているのです!」
心の声が聞こえぬほどに本音でぶつかる二人の会話に、私は勇気をもって声を上げた。
「わ、私も会いました! 非魔力保持者の街の方に!」
「「え?」」
二人が動きを止め、私の方へと視線を向ける。
心臓がバクバクとなる中、私の背中をアシェル殿下が支えてくれる。
『エレノアが突然声を上げるからびっくりしちゃった。ふふふ。エレノア。落ち着いて、ゆっくりつたえればいいさ』
心の中でそう言われ、私は小さくうなずくと二人に向かって言った。
「私、さっき、くまたんに非魔力保持者の方々の住む居住区へと飛ばされたんです。そこで、私は皆様にすぐに帰り道を教えてもらえました。そして皆様から頼まれたのです。レガーノ様にありがとうと伝えてくれと。レガーノ様のおかげで自分達は生きることが出来てると」
そこで一度言葉を切ると、私はくまたんの方を見てから言った。
「あの、それで、なので、非魔力保持者の方々とも、きっと仲良くしていけると思うんです……それに、その……」
「なんですか?」
ソレア様の言葉に、私は顔をあげると言った。
「お二人共、メローナ様のことを愛しているのであれば、それをしっかりメローナ様にお伝えしてはどうでしょうか!」
私の傍にいたメローナ様の肩がびくりと揺れる。
二人の動きが止まり、レガーノ様が眉間にしわを寄せた。
「母上が、メローナを、愛している? これまで、俺にメローナには近づくなと、散々非魔力保持者だからと遠ざけてきたのにか?」
『バカげている』
私はその言葉にちらりとくまたんを見て言った。
「だって、あのくまのぬいぐるみを、メローナ様にプレゼントしたの、ソレア様ですよね?」
「え?」
「なんだと?」
皆が驚く中、ソレア様は眉間にしわを寄せ、そして小さくため息をついた。
「何故……わかったのです?」
「魔法の色が同じです。今使っている魔法も、くまたんと同じ色です」
ソレア様は小さく息をつく。
「まさか……魔法で作ったぬいぐるみが魔法を自分で使うとは思いませんでした。盲点です」
そんなソレア様に、メローナ様は尋ねた。
「お、お母様がくまたんを? でも……どうして? 私のこと、嫌いなのでしょう?」
ソレア様は視線をメローナ様へと向けると静かに答えた。
「……嫌いなわけないでしょう。愛していますよ。……ずっとね」
「え?」
呆然とするメローナ様にソレア様は言った。
「だからこそ、貴方には平和に生きてほしいのです。メローナ。ここにいれば貴女は貴女を担ぎ上げようとする人々にこれからも狙われるでしょう。エレノア様はあぁ言いましたが、非魔力保持者で、貴女を担ぎ上げて争いを起こそうと言う人々はいるのです。でも、非魔力保持者に協力しようとした罪として、遠い辺境へと行くことになれば、貴方はそこで自由に覆うままに生きられるのです……だから」
ソレア様は優しい瞳でメローナ様を見つめながら言葉を続ける。
「貴女にとってはそのほうが、幸せなのではないかしら……こんな場所にいるよりも」
真っすぐに告げられた本音。
王位を守るために、これまでたくさんの経験をしてきたソレア様だからこそ、言える言葉なのだと思う。
真っすぐにソレア様を見ていたメローナ様は尋ねた。
「……お兄様も、お母様も、私が嫌いではないの?」
「嫌いではない。俺はお前を愛している。だが……王位が定まるまでは、母上に接触を禁じられていた」
「先ほども言いましたが、嫌いではなく、愛しています。だからこそ……平和な場所に行ってほしいのです……私達が貴女を可愛がれば、貴女を攫ったり諭したりして利用しようとする者が絶対に現れる。だからこそ遠ざけていました」
その言葉に、レガーノ様もメローナ様も驚いた様子で固まる。
次の瞬間、メローナ様の瞳からぽたぽたと涙が溢れる。
私はそんなメローナ様の肩を優しく支えると言った。
「メローナ様。言いたいことは、口に出して言っていいのですよ」
その言葉に、メローナ様はうなずくと、大きく深呼吸をしてから、意を決して声を上げた。
「愛してくれているなら、それなら、一緒にいてよぉぉぉぉぉ」
大きな声を出したメローナ様の息は上がり、顔は真っ赤になりながら、声を上げ続けた。
「危ないから? だから傍にいてくれなかったの? いいよ。危なくても。寂しいよりも何倍もいい! 私、私ずっと一人で、もう一人は嫌だ! くまたんはいてくれたけれどでも、でも!」
言いようのないメローナ様の言葉。
私はメローナ様のことを支えながら、私は二人を見つめて静かに言った。
「しっかりとご家族で話をしてはどうでしょうか」
私の言葉に、レガーノ様とソレア様は静かい頷き、メローナ様は私に抱き着いた。
愛してほしかった。一人で寂しかった。どうして一緒にいてくれなかったのか。それはただの言い訳なのではないか。
メローナ様の中にたくさんの気持ちが溢れており、私はそれごと包み込めればいいのにと思いながら、メローナ様をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。メローナ様は愛されております。これから、きっと寂しくなんてなくなりますよ」
私に泣きつくメローナ様の元へ、魔法の杖を終った二人は歩み寄ると、静かに言った。
「メローナ……不甲斐ない兄ですまない」
「ごめんなさい……メローナ」
そう言った二人に、私から離れメローナ様はしがみつくように抱き着き、わんわんと声を上げて泣いた。
私はアシェル殿下と共にそんな三人のことを見つめ、それからやっと終わったのだとほっと息をついたのであった。






