23話
アシェル殿下の胸に私は抱かれ、突然のことに目を丸くすると、心の声が聞こえてくる。
『ダメだよ。エレノア。僕は絶対に、君を守るって決めたんだから』
「アシェル殿下……」
「大丈夫。心配しないで」
私はアシェル殿下に抱き上げられる。
くまたんは驚いているようで目を丸くすると、赤い瞳が怒気を露にする。
「なんで勝手に起きているんだ! ダメダメ! なんで眠りの魔法が解けたんだよ!」
アシェル殿下はくすりと笑うと言った。
「そりゃあ、お姫様から口づけされたら、目覚めなきゃね?」
『あぁぁぁぁ。恥ずかしい。僕何言っているの』
私はアシェル殿下の言葉に、先ほどの自分の行動を思い出し頬に熱が溜まる。
くまたんはその言葉になるほどとうなずいた。
「なるほどね。古典的な魔法返しの方法っていうわけか!」
『真実の愛のキスが魔法を解くなんて! 古典すぎるよ!』
私は本当にそんなものあるのかと思っていると、アシェル殿下も同じようなことを心の中で呟いていた。
「はぁぁぁ。魔法って言うのはそんなに簡単なものじゃねぇよ」
『なんだと思っているんだ』
不意に声が聞こえ、振り返るとそこにはレガーノ様の姿があった。
レガーノ様は髪の毛を掻き上げると、魔法の杖を構え、そして言った。
「俺がアシェルにもしも魔法をかけられても、時間は多少かかるが解く魔法をかけてやっていたんだよ。感謝しろ」
『無事でよかった』
くまたんは驚き一歩後ろへと後ずさると、レガーノ様が杖を振る。すると、真っ暗闇に包まれていた世界が少しずつひび割れるようにして砕け、光が戻ってくる。
上を見上げ自分の掛けた魔法が解かれていく様子にくまたんは慌てた。
「なんで、なんでなんで! ぼくの魔法が!」
『なんでだよ』
「先ほどは非魔力保持者達の妨害魔術具によって魔法が上手く使えなかっただけだ。言っておくが俺はロマーノ王国一の魔法使いだぞ。お前などに負けるものか」
『ぬいぐるみごときが』
黒い闇が消え、元々の庭へと戻った。そして眠っていたメローナ様も、レガーノ様の魔法の光が降り注ぐと目を覚まし、辺りを見回している。
「ここは、一体何があったの?」
困惑するメローナちゃんの姿を見て、くまたんは焦ったのだろう。
唇をぐっと噛み、そしてキッとレガーノ様を睨みつけると怒鳴り声をあげた。
「煩い煩い! メローナちゃんを泣かせるレガーノなんて、消えちゃえ!」
『消えちゃえ! 消えちゃえ! 消えちゃえ!』
叫ぶような言葉、そしてくまたんはそれと同時に魔法を幾つも爆発させるように放ち始め、庭にあった木々たちがなぎ倒されていく。
レガーノ様は舌打ちをすると、くまたんを捕縛しようと杖を構えた。けれど、そんなくまたんとレガーノ様の間にメローナ様が立つ。
「やめてください!」
『くまたん! くまたんを傷つけさせない!』
レガーノ様は冷静に言った。
「メローナ。どけ。そいつは、今魔法を暴走させている」
『くそ。可愛いメローナがいたら、攻撃できないじゃないか』
メローナ様はレガーノ様を無視するとくまたんをぎゅっと抱き上げて言った。
「くまたん。落ち着いて。お願い、魔法を止めて!」
『話せばわかってくれるはず』
けれど、そんなメローナ様の言葉を否定するようにくまたんは言った。
「嫌だよ。ここにいるやつらは皆、メローナちゃんの敵だ。メローナちゃんを大切にしてくれないなら……いらない」
『皆、皆敵だ』
私はそんなくまたんを見て、静かに言った。
「ねぇ。あなたの願いってなぁに?」
「え?」
『ねが……い?』
くまたんが動きを止める。
私の方を見るくまたんに、私は言葉を続ける。
「あなた、メローナ様が大好きなのよね。でも、今あなたがしていること、メローナ様は喜んでいる?」
「そんなの……決まって」
くまたんがメローナ様を見上げ、そして、動きを止めた。
「メローナちゃん?」
メローナ様の瞳から大粒の涙がくまたんの上へと落ちていく。
「どうして、泣いているの?」
意味が分からない。そう、言うようにくまたんはメローナ様を見上げ、メローナ様はそんなくまたんをぎゅっと抱きしめながら言った。
「メローナはね、くまたんが一番大事なお友達だよ。だからね、お願い。もう、誰も、傷つけないで」
『私のことを思ってしてくれてる。でも、でもね、そんなことしなくていいんだよ』
「ごめ、ごめんね? お願い、お願い。もうしないから、お願いだから泣かないで」
くまたんの瞳からも涙があふれ、二人はわんわん泣きながら抱きしめあう。
そんな二人を見たレガーノ様はため息をつくと、杖を終い。それから私達の所へと来ると言った。
「すまなかったな。大丈夫か?」
『はぁぁぁ。一体何がどうなっているんだか』
「僕達は大丈夫。ほら、メローナ嬢のところへ行ってあげなよ。早めに兄妹仲良くなりなよ?」
『はぁぁぁ。今回は本当に厄介に巻き込まれたなぁ』
「あぁ」
レガーノ様はメローナ様の方へと向かい、私はアシェル殿下にもう一度ぎゅっと抱き着いた。
そんな私を抱きしめ返し、それからアシェル殿下は大きく息をついた。
「はぁぁぁぁ。エレノア」
「はい」
「エレノア」
「はい。アシェル殿下」
アシェル殿下は、私の肩口に顔を埋めると、しばらくの間何も言わず、私の存在を確かめるようにぎゅっと抱きしめ続けた。
「おかえり」
小さく呟かれた言葉に、私は涙がまた溢れてくる。
「ただいまです。ごめんなさい……アシェル殿下」
「大丈夫だよ。でもね、本当に良かった」
「……はい」
アシェル殿下を忘れてしまった時の喪失感を思い出すと、ぞっとする。
きっとアシェル殿下は私が記憶を失っている時間、たくさん色々な思いがあったのに、それを我慢して、待っていてくれたのだろう。
自分の想いを押し付けることなく、私のことを思って。
「アシェル殿下。大好きです」
そう告げると、アシェル殿下に唇を奪われた。
突然のことに私が驚くと、アシェル殿下は私のことを抱きしめなおしてから、今にも泣きそうな表情で、私を見つめて言った。
「僕も、エレノアが、大好きだよ」
「アシェル殿下……」
お互いの存在を確かめ合うように、ぎゅっと抱きしめあう。
思い出せてよかった。私はそう思い、アシェル殿下の温かさにほっといきをついた。






