22話
緊張が走る。
私はじっとくまたんを見つめながら尋ねた。
「ねぇ。少し話さない?」
「何を?」
『やることはかわらないよ?』
「……貴方はメローナ様の幸せを願っているのよね? なら、こんな方法取らなくてもいいわ」
「え?」
『どういう意味?』
「メローナ様のお兄様であるレガーノ様はメローナ様のことを大切に思っているわ。だから、私が傍にいなくても」
「ダメ。ダメなんだ。それはダメなの」
『それはダメ。ダメダメダメ』
一体どうしてなのだろうか。
どうしてこんなに頑なにだめだと言うのだろう。
「だからエレノアが必要なんだ。うん。大丈夫。さぁ行こう!」
『エレノアがいたらメローナちゃんは寂しくないもんね!』
くまたんと視線が合った瞬間に、世界がぐにゃりと曲がり、気がつけば私はあの庭へといた。
魔法なのだろうけれど、こんなにも意図も容易く使えるくまたんに、私は驚きながら視線を彷徨わせた。
するとメローナ様が泉の横に横たわっており、私は慌てて駆け寄ると声をかけた。
「メローナ様!? メローナ様!」
「うぅぅん」
「眠って……いるの?」
目を開けることはないが、息はしている。
私がほっと胸をなでおろすと、くまたんがすぐ近くまで来ると、メローナ様を愛おし気に見つめながら、言った。
「メローナちゃんはね……ずっと寂しいんだ。だから、僕は生まれた。けれどね……ぼくだけじゃだめみたいなんだ」
『きっと、同じ人間じゃないと、だめなんだ。エレノアちゃんのことを、メリーナちゃんはすぐに気に入っていた。だから、エレノアちゃんならきっといいんだ』
くまたんの世界の中心にはメローナ様がいるのであろう。
私は小さく息をつくと、首を横に振った。
「あのね、きっと、私でもだめよ。メローナ様が、傍にいて愛してほしいのは私ではなく、きっとお兄様やお母様だから」
そう言った途端のことであった。
くまたんの瞳が真っ赤に光り輝くと、その声に怒気がこもる。
「ダメダメダメ! それじゃあメローナちゃんは幸せになれない! なれない!」
次の瞬間辺りが真っ暗になると、地面も木々も、黒々とした色へと染まっていく。
地面は泥濘はじめ、一体何が起こっているのであろうかと思うと、くまたんが真っ赤な瞳をぎらつかせながら言った。
「抵抗するのはやめて。アシェルが、どうなってもいいの?」
『どうしていうことを聞かないの! もういい!』
次の瞬間、泥がせりあがり、そちらへと視線を移すと、そこにはアシェル様がいた。
メローナ様同様に眠らされているようで、私はアシェル様の姿を見た瞬間、胸がぎゅっと押しつぶされるような痛みを感じた。
「何をしているの! アシェル様をどうする気なの!?」
「だって、エレノアちゃんはアシェルがいるからメローナちゃんの傍にいてくれないんでしょ!」
心からのその叫びに、私は首を横に振った。
「あのね、さっきも言ったように、私では駄目なのよ」
「なんでなんでなんで! だって、だめなんだもん! エレノアちゃんがいうことを聞いてくれないなら、こうしてやる!」
次の瞬間、アシェル様の体が泥の中に沈み始め、私は驚いて慌てて駆け寄ると、アシェル様の手を取る。
「だ、だめ! やめて! 何をするの!?」
「だって、だって、だって! 言うことを聞いてくれないんだもん!」
「こんなことをしてはダメ! メローナちゃんのことを思うなら」
「思うから、思うから言っているんだ! ぼくは、ぼくにできることならなんでもする!メローナちゃんのためなら、何でもするんだ!」
アシェル様の体が、どんどんと泥の中へと沈んでいく。
私はそれを引き留めようと、腕引っ張るけれども、びくともしない。
「あ、アシェル様、起きて! お願い! ねぇ! お願いだからやめて!」
「嫌だ! 一番大切な人間がいなくなれば、心置きなくメローナちゃんを一番に出来るでしょう!」
「やめて、やめて! アシェル様を、アシェル殿下を奪わないで!」
そう自分で言った瞬間であった。
『エレノア』
『エレノア、大好きだよ』
『むぅ。こんなに可愛くてどうするの?』
『大丈夫。僕がエレノアのことを守るからね』
「あ……アシェル……殿下」
いくつもの思い出。
アシェル殿下の優しい声が私の中で蘇り、私の瞳からは涙が溢れてくる。
そうだ。
忘れていた、心の中から抜け落ちていた記憶が蘇り、私はやっと、私に戻れた。
私は、眠っているアシェル殿下の頬に手を伸ばすと、優しく触れ、そして、アシェル殿下を見つめた。
「大好きです。私、アシェル殿下がいたから、愛を知った」
この人ほど可愛らしく、真っすぐな人を、私は知らない。
「私のことを外見で判断することなく、私を見てくれた人」
私は泥にまみれることなど気にせず、アシェル殿下を抱きしめる。
この人を守る為ならば、私は何でもできる。
私に愛をくれた。
光を示してくれた。
可愛らしい声で、名前を呼んで、そして、私に人を信じることを教えてくれた。
「大好きです。愛しております」
私はアシェル殿下にキスをし、そして覚悟を決めた。
「私は、何度忘れても、貴方を思い出します。だから、少しだけ、さようなら」
記憶を消されても、貴方を忘れても、私は何度も貴方に恋をする。
くまたんの方へと視線を向けて私は叫んだ。
「わかりました。アシェル殿下を助けてくれるなら、私は、何でもします」
くまたんの瞳がぎらつきを落ち着かせると、可愛らしく笑った。
「本当? ふふふ。よかった。よかった。これできっとメローナちゃんも幸せになれる」
『よかった。よかった』
くまたんは楽しそうにそう言い、そしてアシェル殿下を泥の中から戻す。
「ほら、こっちに来て。あ、でもアシェルに会ってまた記憶を思い出したら嫌だから、もう会っちゃだめだよ」
今は従い、アシェル殿下を守らなければ。
私はそう思いうなずき、名残惜しく思いながらアシェル殿下の手を最後にぎゅっと握る。
離れたくない。
胸が引き裂かれるような思いがしたけれど、今はアシェル殿下を守るほうを優先させなければと立ち上がろうとした時であった。
「なに……勝手に決めているの」
腕を掴まれ、私はアシェル殿下に引き寄せられた。






