21話
辺りを見回し、私はここは一体どこなのだろうかと身を強張らせた。
レンガ造りの壁が延々と続いているような薄暗い路地裏であり、私はとにかく移動しなければと立ち上がると、辺りを見回しながら歩いていく。
紐が駆けられてそこには洗濯物が干してあり、人々の生活が見て分かった。
ただ、それらは大抵が古い物であり、薄汚れていて、人気はほとんどない。
「ここは……どこなの?」
ぞっとするような雰囲気に私の足は次第に速くなり、急いで抜けようと小走りで歩いていくけれど、道が大通りにでることはなく、私はまるで迷路を歩いているかのようであった。
「ふぅ~。なーんでこんなところにこんな美女がいるんだぁ?」
『うっはぁ。良い女だぜ』
「本当だな。ぼんきゅぼんっていうのは、こういう女のことをいうんだろうなぁ」
『綺麗な女だなぁ』
私はぼん、きゅ、ボンという言葉に、頭をハリー様が過っていく。
そして、ハリー様の姿を思い出すと同時に、その横にいた人の事も思い出せそうで、こめかみを抑えた。
思い出したいけれど思い出さないその記憶の中に、おそらくアシェル様がいるのだと思う。
私は胸に手を当てて、真っすぐに顔をあげると言った。
「お願いがあります。どうか、広い路地まで案内してもらえませんか? 私は急ぎ城へと戻らなければならないのです」
私がそう告げると、ガタイのいい男達は驚いたような顔を浮かべた。
この人たちはもしかしたら人攫いなのだろうかという不安もよぎるけれど、一番身長の高い、ひげを生やした男性が前へと出てくると言った。
「貴族の方だろう? 今は国王陛下が戴冠された祝いの期間。街も喜びの雰囲気で溢れている……そんな中でどうしたんだ?」
『こんな、非魔力保持者の家が立ち並ぶ場所にどうして……』
「その……道に迷ってしまって」
何と答えるべきか迷いながら当たり障りない言葉で答える。
私はここは非魔力保持者の方々が住んでいる地域なのかと驚いていると、男性は二ッと笑って言った。
「じゃあ王城まで案内してやるさ」
『国王陛下の招かれた貴族の方だ。丁重に扱わないとなぁ』
私は非魔力保持者の方々は、王家を憎んでいるのかと思っていたけれど、そんな雰囲気はなく、男性達は気のよさそうな笑顔を浮かべている。
「本当ですか? ありがとうございます」
素直にそう答えると、男性はついておいでというように歩き始め、私はその後ろをとことことついていく。
男性についていくと少しずつ道が広くなっていく。
おそらく私が迷い込んだのは本当に奥の奥の路地の裏側だったのだろう。
「ここらへん一帯は、魔力を持っていない人間が集まって暮らしているんだ。ここを整備してくださったのは、国王陛下なのさ」
『本当に良い方が王になってくれた』
「え?」
男性は嬉しそうに歩きながら説明をしてくれる。
「王子殿下の頃から、あの方は魔力を持っていない人間にも働き口を見つけ、そして住む場所を整えてくださっている。今はまだ、人生に光を見いだせずに、街の方でくすぶっている非魔力保持者もいるがな……そういう者達にも、手を差し伸べてくれる方なんだ」
『レガーノ様が王になってくれて、俺達は希望を得た』
「そうなのですか?」
「あぁ。だから、お願いがあるんだ」
『貴族の方に、こういうのを頼むのもなんだが……』
「なんでしょうか」
私がじっと男性の言葉を待つと、広い路地に通じる道で足とを止めると、男性は少し照れた様子で言った。
「レガーノ様に、もし会う機会があったら、ありがとうございますって、俺達は、生きていて良かったんだって、貴方のおかげで思えましたって伝えてくれないか」
『頼む』
私と一緒に歩いていた他の男性達も口々に言った。
「お、俺、家族が出来たんだ! そんなの無理だと思っていたのに!」
『レガーノ様のおかげだ! 住む場所と仕事を与えてくださったから!』
「俺も、レガーノ様のおかげで、仕事について、食うに困らないように、生活できるようになったんだ」
『感謝を伝えてほしい。俺達は、あの方に、感謝しているんだ』
一人一人の言葉から、どれほどレガーノ様に感謝しているのかが伝わってくる。
私は、メローナ様を攫った非魔力保持者の人達とは全く違った考えの男性達に、驚きを隠せない。
「あの、不躾なことを聞きますが、今の王政に反対している方も、中にはいらっしゃるのでしょうか?」
すると男性は肩をすくめて言った。
「まぁ、非魔力保持者の中にも色々なやつもいるからな。一概には言えないが……王政なんて大きなものに反対するのは、魔力を持って生まれなかった貴族の集まりとかじゃないか? 俺達みたいな街で生まれた平民はそんな大事は考えないぞ」
『突然なんだ?』
私はなるほどとうなずくと、男性は町の広場を指さした。
「あとは、あそこの馬車にのって王城へと向かえばいい。すまないが俺達の案内はここまでだな」
『まだまだ非魔力保持者への嫌がらせは多い。貴族の方には基本皆親切だから、ここからは俺達が一緒じゃないほうがいいだろう』
その言葉に私はその場でスカートを持ち上げて恭しく一礼をする。
「ここまで案内してくださりありがとうございました。おかげでとても助かりました」
男性達は困ったように笑った。
「俺達もあんたのように美しい人と喋れて嬉しかったよ。じゃあ、国王陛下にどうかよろしく頼むぞ」
『伝わるといいなぁ』
私はうなずき、手を振って馬車まで向かい、そして馬車に乗り込むと窓から手を振って分かれたのであった。
早く王城へと帰らなければ。
アシェル様達は大丈夫だろうか。
私は不安に思いながら馬車に揺られていたのだけれど、不意にぞわりとする気配を感じた。
「みーつけた」
目の前の椅子に、ちょこんとくまたんが座っていた。






