20話
この先に人がいる。
私は心の声がたくさん聞こえるところへと向かっていることに気付き、声を上げた。
「レガーノ様。この先、人がいます」
「なんだと?」
『どういう意味だ?』
アシェル様は私の声が聞こえたのか足を止めると言った。
「エレノア。どちらの方向から聞こえるか分かる?」
「えっと、この先から聞こえます。複数人いるのは間違いないです」
私の言葉にアシェル様は眉間にしわを寄せ一瞬考えた後にレガーノ様に尋ねた。
「他に道は?」
「あるにはあるが……遠回りになるぞ」
『おいおい。どういうことだ』
納得していない様子ではあるものの、レガーノ様は私達の話を拒否するような雰囲気でもない。
アシェル様は口を開く。
「レガーノ。遠回りでもいい。頼む」
「お願いします。レガーノ様」
私もアシェル様に続いてそう告げると、レガーノ様は足を向けていた方向を変えると、また走り出した。
「後で説明はしろよ!」
『しょうがねぇなぁ』
薄暗い中を走りながら、周囲の心の声を探っていくと、先ほどの位置から人が入り込み、心の声が大きく鳴ったのを感じた。
『メローナ様を探せ! 非魔力の我々の姫君を!』
『くそっ! こんな通路を知っている者がいるとは! 希望の姫を探せ!』
『探せ! 絶対に見つけるんだ! 今の王政を倒すにはメローナ様しかいない!』
声の雰囲気からして非魔力保持者達なのだろう。
メローナ様を絶対に逃がさないと言う雰囲気が感じられて、私はその雰囲気に恐怖を覚える。
絶対にこんな人たちにメローナ様と共にはいさせられない。
その心の中はメローナ様を利用するつもりであり、メローナ様の幸せを願っているわけではない。
これまで、魔力がない頃でどれだけ苦しい思いをしてきたのかは分からない。
だけれどもだからと言って、子どもを争いに巻き込んでいい理由にはならない。
「後ろからメローナ様を追って非魔力保持者の方々が来ます!」
私の声に、アシェル様とレガーノ様の足取りはさらに早くなる。
「レガーノ急ぐぞ!」
「アシェル! エレノア嬢! 本当にどういうことなのか! 後で話を聞くからな!」
『どういうことか理解が追い付かないな!』
後ろから足音が響いて聞こえ始めた。まだ距離はあるようだけれど、暗い空間で響く足音はすぐ後ろから聞こえてくるようで、私の心臓は煩いくらいに上がっていく。
捕まったらどうなるのか。
私は瞼をぎゅっと閉じて恐怖に耐えていると、アシェル様の声が聞こえた。
「大丈夫だからね。何があっても、二人のことは私達が守るから」
『エレノア。絶対に守るからね』
私はアシェル様の方へと視線を向けると、アシェル様が私に向けて微笑みを向ける。
それだけで、心の中が落ち着いていく不思議な感覚があった。
そして、何かがお思い出せそうで思い出せず、ずきりと頭が痛んだ時、私達は外に出た。
外は晴れていて、澄んだ空気が吹き抜けていく。
「よし。出たか。さてここなら魔法を使っても大丈夫だ。移動魔法を使って王城へと帰るぞ」
『ふぅ。どうにか魔法を使えない範囲から出られてよかった』
私はレガーノ様に下ろされると、こめかみを抑えた。
思い出せそうだった。思い出したかった。
私は一体何を失ってしまっているのだろうかと思い顔をあげた時、メローナ様のぬいぐるみが、リュックサックからこちらをじっと見つめているように感じた。
ぞっとした気配を感じた時、リュックサックからぬいぐるみが落ちる。
私達の視線が、そちらへと向くと、ぬいぐるみは自ら動き始め、そして立ちあがると私のことをじっと見つめてくる。
「くまたん? わぁぁ。他の人の前で動くの初めて! どうしたの?」
『人前だといつも動かないのに』
ぎょっとしている私達とは違い、メローナ様は楽しそうな様子でアシェル様に恐ろしてもらうと、くまたんの横に座り、頭を優しく撫でる。
「ふふふ。どうしたの?」
『くまたん? もしかして皆とお友達になりたいのかな?』
メローナ様は穏やかな雰囲気ではあるけれど、くまたんのそれは決して穏やかな雰囲気の者ではない。
レガーノ様が魔法の杖を構えるのが分かった。
くまたんは可愛らしい声で言った。
「思い出しちゃだめだよ」
その声に、私の背中が泡立つ。
記憶の合間に見え隠れする恐怖。
私は、一体何を怖がっていうのだろうかと思った時、アシェル様が怒気を含んだ声で言った。
「エレノアの記憶を奪ったのは君か」
低い声。
怒っている。そして私はシェル様のその声に驚きながら、くまたんを見た。
メローナ様はそんなくまたんを抱き上げると、慌てた様子で言った。
「アシェル様? ど、どうして怒っているの? それに、記憶を奪ったって何?」
『怖い。それにお兄様も杖をかまえているし! あぁぁ! だめ! くまたんは私のお友達なのに!』
ぎゅっとくまたんを抱きしめるメローナ様。
「メローナちゃん。僕は大丈夫だよ。メローナちゃんのためにエレノアを手に入れてあげるからね。そしたら寂しくないでしょう?」
『人間の友達も必要だもんね』
「え? 待って、くまたん? 何を言っているの?」
『どういうこと?』
「大丈夫だよ。エレノアの記憶を消して、メローナちゃんだけを大切に思えるようにしてあげるからね。うまく魔法が使えなかったみたいで、一回じゃ、記憶を消しきることができなかったみたいなんだ」
『今度は綺麗に記憶を消そう。全部。それで、メローナちゃんの傍にいたいとだけ思わせるようにしなくちゃ』
くまたんのその言葉に、私の心臓はどんどんと鼓動が早くなっていく。
私は今、くまたんに記憶を消された状態なのかという不安と、それと同時に、メローナ様の傍にいたいと思ったのはくまたんの仕業だったのだろうかという疑問。
ただ、怖くなり一歩後ろへと後ずさった時、レガーノ様が低い声で言った。
「害がないと放っておいたのが間違いだった。メローナ。そいつを渡せ」
『魔物なのか? 一体正体はなんだ?』
メローナ様はその言葉に首を横にぶんぶんと振ると叫ぶように言った。
「嫌! くまたんは、くまたんは私の友達だもの! たった一人の、友達だもの! お兄様もお母様も、皆、皆、皆! 誰も私の傍にはいてくれなかった! くまたんだけが私の見方だったもの!」
『大丈夫。くまたんは私が守る!』
その言葉にレガーノ様は息を呑み、アシェル様はそんな様子を冷静に見つめながら少し怒気を抑えた声で言った。
「……奪おうとはしていないよ。ただ、エレノアの記憶は戻してほしい」
アシェル様の言葉に、私も同意するように口を開いた。
「お願いします。私から記憶を奪ったと言うなら、返してください」
くまたんはにけらけらと笑い声をあげた。
「だめだめ。メローナちゃんの幸せが一番大事。ぼくね、やっと魔法が使えるくらいに力がたまったんだ。だから、もうこれ以上は我慢しない。メローナちゃんの幸せのために、ぼくは我慢なんて、しない!」
次の瞬間、突風が吹き荒れ、そしてレガーノ様とアシェル様の方へと攻撃が仕掛けられる。
風がまるで刃物のように二人に襲い掛かり、レガーノ様はアシェル様の前へと出ると、それを魔法で防ぐ。
レガーノ様は腰に挿していた剣をアシェル様に渡し、アシェル様はそれを構えた。
メローナ様はその様子に声を上げる。
「お願い! くまたんをいじめないで!」
「ならば、大人しくしろ!」
「エレノアの記憶を返せ!」
くまたんは攻撃を仕掛け、二人はそれに応戦する。
その様子を私は見つめながら、くまたんの方を見ると、くまたんは苦しそうな声を上げた。
「くそくそ! 二対一は卑怯だぞ! それなら、一回皆ばらけさせればいいか! いっけぇ!」
『一緒にいるから面倒なんだ! 本当はレガーノとアシェルだけ飛ばしたいけど、細かな魔法はまだうまく使えないから、一気に飛ばしちゃえ! 後から探そう!』
次の瞬間、ぐらりと体が傾いたかと思うと、大きく地面が揺れるような感覚を得る。
これは一体と思っているとレガーノ様が叫んだ。
「転移魔法だ! くそ! 防ぎきれない!」
「エレノア!」
アシェル様がこちらへと書けて来ようとする。
私は自然と手を伸ばしていた。
アシェル様とあと少しで手が届く。そう、思った。
目の前で姿が消える。そして私自身も、先ほどとは別の場所に、いつの間にか、座り込んでいた。
「え?」
そこは見知らぬ路地裏であった。






