14話
「ほら、ここが私の庭。私だけの庭。ここにはね、誰も入ってこないのよ。それに、必要なものはベルで出てくる仕組みだから、侍女もいなくていいし……だからすごくいい庭なの」
案内されたのは小さな温室であった。
動植物もまばらで、温室の中には机と椅子は用意されているものの、それらも新しい物ではなく少し古いものであった。
私はそうしたことには触れずに、メローナ様に進められて椅子に座ると、メローナ様が机の上にあったベルを鳴らした。
すると、ティーカップとお茶が出てきて、それからお菓子も出てくる。
メローナ様は悲しそうに笑みを浮かべると言った。
「……エレノア様、さっきはお兄様がごめんなさい」
『一体、何があったのかしら?』
私は首を横に振ると言った。
「いいえ。大丈夫ですわ。私がレガーノ様のお庭に迷い込んでしまったので、それで怒らせてしまったようです」
私は口でそう答えながら、頭の中に霧がかかるような感じがして、それ以上何があったのかがよく思い出せない。
『迷い込む? あの庭は……王族しか入れないのに? どうしてかしら……』
首を傾げるメローナ様。
私も思い出そうとはするけれどやはり思い出せなくて、そして思い出さなくていい気がして話を変えた。
「そういえば、レガーノ様とメローナ様はよくあのお庭を散歩するのですか? もしかして先ほども一緒に散歩する約束を?」
私の問いかけに、メリーナ様は首を横に振った。
「いいえ。ただ……偶然会っただけです。私とお兄様は……仲良くないので……お兄様は私とは一緒にいたくないのです」
『私は非魔力保持者。嫌われているもの』
落ち込みながらそう答えるメローナ様に私は首を横に振っていった。
「そんなことないと思います……だって、レガーノ様の瞳は、優しくメローナ様を見ていましたわ」
「え?」
『そんなわけないのに……』
「きっと、なにか行き違いがあるのですわ。大丈夫。そうしたことは、ちゃんと話をしてみれば解決するものです」
そう告げると、メリーナ様の顔色は悪くなるとうつむいて、それから絞り出すような声で言った。
「……お母様が……許しません」
『お母様は私が憎いのだもの……愛しいお兄様を、私なんかにかまわせるわけがない』
「お母様というと、王太后であるソレア様ですか?」
「えぇ。お母様は、王族でありながら魔力を持たない私を恥と思っています……だから、私が優秀なお兄様の近くにいるのが嫌なのです」
『……お母様……私、どうして魔力持ってないんだろう』
悲しそうに涙をぐっと堪えながら呟くメローナ様の手を私は取る。
「大丈夫ですか?」
「……っ」
『あったかい。こんなに、優しくしてもらったの……いつぶりだろう』
涙がメローナ様の大きな瞳からぽたぽたと落ち、私はきっとこれまでずっと一人で頑張ってきたのだろうなと思い、その体を優しく抱きしめた。
『私……どうして魔力持ってないんだろう。私も、私も愛されたかった……』
メローナ様の、心の中で呟かれた言葉に、私の中にあった幼い頃の記憶と重なる。
幼い頃、愛してほしいと願っていた自分。
けれど聞こえてくる心の声は、私のことなど愛してはおらず、表面的なものばかり。
信じられる大人なんて誰もいなくて、このまま私は誰にも愛されることなく生きていくのだろうかと思っていた。
ずきりと頭と胸が痛む。
メローナ様に向かって私はぎゅっと抱きしめながら言った。
「愛されないことは……辛いですよね。私もそう思っていた時がありました」
「エレノア様も? でも、でもエレノア様は今とても幸せそうだわ」
『温かい光の中にいるみたいに、エレノア様の傍は居心地がいいもの』
その言葉に、たしかに今は昔のように愛されたいと願う気持ちがないことに、私は不意に気づく。
どうして?
あんなに愛されたいと願い、私はもう誰にも愛されることも、私自身が愛することもないのかもしれないと絶望していたのに。
自分の胸に手を当てた時のことであった。
「エレノア!」
『どこだ……エレノア!』
声がした。
心臓が煩くなり始め、自分のその感情に私は戸惑う。
知らない声だ。
そう、思うのに。
「エレノア様!?」
『なんで、泣いていらっしゃるの?』
涙が一筋、零れ落ちていった。
声のした方を振り向くと、そこには一人の男性がいた。
夕焼けのように鮮やかな美しい髪と、澄んだ菫色の瞳。背筋がまっすぐに伸び、堂々としたその様子とは裏腹に、表情は私のことを見て心底ほっとしたかのよう。
そのいで立ちは物語から出てきた王子様のようであった。
胸が一瞬で、きゅっと締め付けられるようなそんな思いを抱く。
「エレノア」
『良かった』
名前を呼ばれ、私は心臓が跳ねる。
なんだろう。
体がそわそわとしてしまうけれど、けれど、私はこの人を、知らない。
「……えっと、は、初めまして。私のことをご存じなのですか?」
次の瞬間、男性の表情が一瞬だけ揺れた後、笑みを浮かべて美しく一礼する。
「いえ、初めまして。私はアシェルと言います」
心の声が聞こえなくなり、どうしてだろうと思った。
その時、メローナ様が口を開こうとした瞬間、アシェル様は人差し指を立てて口元に当てた。
メローナ様は不思議そうにしたけれど、小さくうなずく。
どうしたのだろう。
アシェル様が、私のことを見つめて微笑む。
男性を見て、こんなに胸がドキドキしたことがあっただろうか。
不思議な人だなと私は思った。






